2009年03月30日 23時56分12秒

ジョニー・トー監督の香港映画
「エグザイル/絆」についてのこと。

<物語>
中国への返還を間近に控えたマカオ。
若い頃からの仲間で黒社会に生きた5人の男。
ボスを狙撃して逃亡していたウーが妻の元に戻り、
ボスの命でウーを追ってきたブレイズとファット、
ウーを守りに来たタイとキャット。
一同に再会した銃撃戦の果てに5人が下した決断は・・・。


2006年製作でありながら、ジョニー・トーの作品中、
一般公開された中では「僕は君のために蝶になる」についで
新作の部類に入るくらい上陸ペースが鈍足。
香港映画でトップクラスに面白い監督ながら、
期待の若手的香のジェイ・チョウ主演の
「カンフー・ダンク」や「言えない秘密」や、
今やビッグプロデューサーのチャウ・シンチー等の
作品群に比べてなんと鈍足なことか?
実際に手掛けた作品を鑑賞すると何かが違っている気がします。

ともかく。この直前にレンタルで借りてきたトー監督作
「ザ・ミッション/非情の掟」「エレクション/黒社会」の
黒社会の男達にもやられましたが、それ以上にやられました!


5人の男達はアンソニー・ウォン、フランシス・ン、
ロイ・チャン、ラム・シュ、ニック・チョン。
いずれも劣らぬ、男の香を佇まいに滲ませる
中年期かそれに差し掛かる男達。

中でもアンソニー・ウォンはアジアの男の中でも断トツに、
神がかり的にかっこいい48歳の漢気の化身の様な男です。
平然とした表情で業界への暴言を吐きながら
インタビューにニコリともせずに淡々とぶっきらぼうに答え、
それでいて、知性とユーモアを天性の才の様に身体に馴染ませ、
演じれば人生の全てを凝縮した背中で語る物静かな男を、
と思えば香港俳優の香港俳優たる業で堂々のコメディ演技もこなす。
そしてそれらのバリエーションを仕事のためと割り切るプロ精神。
多面的過ぎて複雑なのか単純なのか未だに分からず、
そこが我々を惹きつけて止まない彼の魅力なのですが。

彼の魅力を知らない人はまずは、
「インファナル・アフェア」を鑑賞するべき。


アンソニー・ウォンの持っている元々のかっこよさに加え、
ジョニー・トーの凄さは、男がかっこよく見える撮り方を熟知し、
硝煙の中から現れる男、煙草の灰を落とす男、
ライトに照らされる男、その全てがベストショットであること。

冒頭のウーを自宅前で待ち構える場面にしても、
4人がバラバラに立ったり座ったりしていますが、
配置が絶妙で一人を切り取っても4人を捉えても絵になります。
考えれば、そんな待ち方する殺し屋なんかいないのですけど、
映像的なかっこよさの追求という意味では文句なし。

ラム・シュなど、この奥田瑛二を太めにした様な容姿ながら、
周囲に拮抗してるのは演じ方もさることながら撮り方の功労。

また、ジョニー・トーが撮る女性達も良い。
どうも中華圏の男のドラマにおいては、
女性の演じ方で失敗することがあるのですが、
彼女達の男の世界の中での振舞い方は抜群。
活躍すると言えばウーの妻演じるジョシー・ホーだけですが、
後半、夫を失い未亡人となった彼女の、
4人を夫の死の元凶として愛と哀しみの復讐の念に
突き動かされる様は男の黒社会に馴染む姿です。

あるいはもう一人のエレン・チャン演じる娼婦は、
画面の片隅におかれ、誘いをかけているものの
それも途中でカットが切られて、
男達のドラマを優先させる様にドアを閉められるという、
そんな女はお呼びじゃないんだぜ、とでも言わんばかりで
これである意味ドラマに筋を通しているのが良い。


5人の過去や人間性が深く語られることは無い反面、
その佇まいから全く説明は不要であり、
彼らの哲学や美学を感じとれる程の深く厚みある映像。
感情表現を激情的にも叙情的になる必要が全くなく、
ただ共に過ごす時間を観客として共有し感じるだけで、
彼らの絆の深さを理解することができます。
そう、死ぬ時も共に、と言わんばかりであることを。

組織の命令を受けても、絆を断ち切ることはできず、
政府の金塊を奪って5人皆で逃亡しようと試みる。
しかしウーを失い、彼の妻と子が組織に確保され、
4人は舞い戻ることになる、それは友が愛した妻と子だから。
不器用な生き方でも、それが彼らの心の固い結びつきであり、
最後は自分達のどんな境遇をも軽々と越える、
相手との「絆」こそ最高の力なのです。


なお、中国語圏には「絆」という文字は以外にも無いそうです。
敢えて言えば「義」という文字に相当するようですが、
表現する文字は無くとも関係はないはず。
大切な相手との絆は、そんな境界も超越するはずなのですから。
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