「魔装機神 THE LOAD OF ELEMENTAL」 私とスパロボ2011年03月04日 23時52分39秒

「スーパーロボット大戦外伝 魔装機神 THE LOAD OF ELEMENTAL」は、
スーパーロボット大戦シリーズでSFCの最後の作品として送り出されました。

この作品の魅力はプレシアに他なりません。
…は!?今僕は何か言ったでしょうか?

さて1996年3月22日といえば、以前の記事で触れた様に、
この年の1月26日にPSで「第4次スーパーロボット大戦S」が発売され、
年末にはPS「新スーパーロボット大戦」が発売される年という、
業界だけではなく、スパロボシリーズそのものがディスクメディアに移行する年。

「第4次S」で音声がついた衝撃からまだ2ヶ月。
その余韻からまだ覚めぬかどうか微妙な時期ではあったものの、
音声無し(一部演出で音声有り。)の旧ハードにも関わらず、
40万本(「第4次S」が48万本)を売上げています。

本作はFC「第2次」~SFC「第4次」まで登場したスパロボオリジナルキャラ、
「魔装機神サイバスター」とそれに関する設定のみで構成されたもの。

物語そのものは「第2次」「第3次」「EX」「第4次/第4次S」と繋がり、
主人公のマサキがサイバスターのパイロット(操者)となる経緯、
彼らがスーパーロボット大戦に突入するまでの出来事を第1部として描き、
「第4次」終結後の彼らだけの物語の決着をつける第2部を盛り込み、
ガンダムやマジンガーと並ぶ様な、一つの「原作」として昇華。

サイバスターは地底の空洞内に築かれた世界ラ・ギアスを主たる舞台とする。
「EX」において、大量のキャラクターやメカの追加と物語の歴史等の設定、
ラ・ギアスに存在するいくつかの国家を登場させ一気に設定を広げ、
主人公をマサキ他、ヒロイン?のリューネ、ライバルのシュウ、
オリジナルキャラのみに限定して彼ら主導でのストーリーをまわしたものの、
やはりガンダムやマジンガー達と入り乱れることによって、
いくつかの設定は断片的なものになり、繋がりが希薄なものもあった様に思います。

それをサイバスター単体でオリジナルキャラをしっかりと描くことにより、
本作で晴れてその存在感を確立することを達成しました。
「サイバスター」から「魔装機神」の世界を確立した頃と言えます。
後にも先にも、後発のオリジナルキャラ、SRXチームやATXチームなどは
他のオリジナルとともに描かれるため、ゲームでは独立をみません。


ところで、僕自身は当時はそれほど興味が強かったわけではなく、
前述の通り、時代は次世代機に向う世の流れのなかにあり、
温度があまり上がらず、購入したのは発売後しばらくたってからであり、
実際にプレイしたのはさらに1年ほどあとだった様に思います。

モチベーションが上がらないのも無理もありません。
この時は、今と違って魔装機神の世界が確立する前のこと。
コミカライズもグッズ展開もほとんど行われていないとき。
今までずっとガンダムら原作付きでやってきたところで、
オリジナルキャラだけでと言われても戦意が鈍ることも当然。

それに、この発売年1996年は高校三年生で寝ても覚めても受験勉強。
ゲームはほとんどが封印状態だったのですから。

この作品から受ける印象としては、鮮やかな色彩が乏しく思えました。
「EX」から原色調の鮮やかな色が少なくなっていき、
「第4次」ではブルーの機体もややくすんだ色になっていき、
ロボットと言えば超合金の煌き!という印象からずれた感があります。
プラモデルでいうならばトップコートを吹いてツヤ消しを行った様な印象。

それはこの当時の他の主だったゲームにも言えることで、
色も鮮やかなアニメーション的表現よりも、
リアルなジオラマを髣髴させる実写的表現を目指したのか、
輝く様な青・赤・黄や光の印象が全体的に少なく思えます。
次世代への足音が聞こえると自然に色彩が地味になっていくのでしょうか。


この「魔装機神」の物語の中で強く記憶に刻まれているエピソードは、
ある人物の脳がある機体にコンピューターとして移植されるというもので、
そういうグロテスクな人間性の話にほぼ初めて触れた当時はショックでした。
当然ながら表現の乏しい時代、それはテキストだけで語られるものですが、
その様にシンプルに明記されることがかえって深く胸に刺さります。

同時期に別に、やはり人間が生体コンピューターとして組み込まれる話があり、
それと合わせてある種のトラウマになっている話であります。
その後、表現の過激なゲームは続々送り出されるわけですが、
映画や漫画同様、なぜか昔の作品の方が焼き付いているわけであります。
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