虚構世界への憧れ ~「トロン」2011年02月07日 23時25分17秒

先日、まもなく公開終了になる「トロン・レガシー」を観賞しましたが、
その話に入る前にやはり前編となる「トロン」についてのこと。


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トロン


「トロン」はコンピュータの中(物理的意味での中ではなく)を
未来都市や宇宙船の中の様な空間が構築され、
個々のプログラムが人間の様に動き回っていると想像し、
仮想現実内の「社会」として描き出した映画で、特徴はそのデザイン。

1982年に、4つのスタジオが協力し当時としては長尺の、
約15分間のCGを作り上げたといいます(映画全体は96分)。
CG以外は手描きアニメなどですが、実に不自然なく融合。
そのデザインセンスは当時のコンピュータの表現の制約が影響して
生まれたものではあるものの、それらを巧みに料理した創意工夫、
想像力の賜物として、この映画独特の雰囲気を作り出しました。


当時のコンピュータ表現上、PCの画面は黒地に白(というよりも緑や青)
ぐらいしか出せなかった様に、「トロン」の背景も基本はその様なものですが、
その黒に浮かぶ光をエネルギーやビームの流れや回路基盤の様に表現し、
近未来的感覚に富んだデザインへと昇華させています。
(この黒い世界がエンディングで夜明けの様に光に彩られるのが実に美しい。)

ちなみに、ライト・サイクルという曲線系のボディラインが美しい、
電脳世界のレース用バイクのデザインは、工業デザイナーの視点から
生産性や技術性をも考慮したデザインを手掛けるシド・ミードが関わっています。
(ガンダムファンの間では"ヒゲ"のターンエーガンダムのデザインで有名。)

それらのデザインは今見返すと、レトロ感を嗜好する向きから見れば
当時とは異なる方向から今だから感じる"味"を醸し出す様になり、
時が過ぎれば"チープ"と蔑まれることが顕著だったデジタル表現の世界においては、
今なお支持されているという幸福な作品だと思います。


「トロン」の物語は、ジェフ・ブリッジスが演じる天才プログラマー、
コンピュータゲームを作り上げた主人公フリンが、
その権利を巡っての謀略に負け(実にアメリカらしい)、社のシステム内に残された、
自分に優先権がある証拠の記録を押えようとハッキングを試みていたとき、
マスタープログラム・MCPによって電脳世界に引きずりこまれてしまうというもの。

そこではMCPを頂点とした社会が構成され、ユーザー(人間)が書き込んだ
個々のプログラムが擬人化して、計算処理や統括処理、あるものは
ゲームキャラクターなどのそれぞれの役割を担っていた。
MCPはこの電脳世界を、プログラムの権限を越えて強制的な統括を行い、
恐怖によって支配を始めていた。

しかし、そこにはフリンの友人のアランをユーザーとするプログラム・トロン達、
MCPに抵抗する勢力もまた存在し機会を窺っていた。
フリンはトロン達と協力し、現実世界への脱出とMCPの支配から
電脳世界を解放するために立ち上がる!


当時描き出された、ユーザーの分身の様なプログラムが動き回る電脳世界と、
2000年以降、インターネットの仮想コンテンツが発展した現代に通じる
先見の明などを指摘する向きは多いのですが、専門家の観点から見れば
技術やデザインセンス、未来感覚が評価の対象となるのだと思う。


しかし、人々にウケたのはもっと単純なことではないでしょうか。
それは、ゲームの世界に人間が入り込んで活躍するという、
虚構世界(とは言い切れないのだけれども)へ現実世界から肉体を伴った介入、
ざっくばらんに言えば、おとぎの世界、漫画の世界、ゲームの世界に、
入り込みたいという願望を電脳世界に置き換えたということによって、
当時のヤングのハートをがっちり掴んだのではないでしょうか。

この様な願望を描いた作品は、1980年代初期の僕の身近な例では、
コンピュータプログラム上に仮想的ジオラマを作り出し、
プラモデルを操縦する疑似体験によるバーチャルバトルを繰広げる
「プラモ狂四郎」などが、ゲームやアニメ世界のキャラになって
活躍したいという妄想を共通項としていたと思うし、
さらに飛躍すれば「ドラえもん」における絵本の中に入り込むひみつ道具、
「絵本入り込みぐつ」もこの部類に分けられないでしょうか。

あるいはファミコンブームの中、ファミコンゲーム対決を描いてる漫画のなかで、
その描き方はあたかも人間の主人公がファミコンの世界に入り込んで、
ゲームキャラと共に戦ったり、ゲームの主人公そのものになっているかの様な
(例えば、ゲームキャラの顔に漫画の主人公の顔を描いたり)ものもありました。

これらのものが影響しあったかは分かりませんが、少なくとも古来から、
不思議の国のアリス、ナルニア国物語などの様な、少年少女達が
現実世界からファンタジー世界へ入り込んで活躍する物語がある様に、
虚構の世界の住人になりきるということが、少年少女たちの心を
強く揺さぶってきたことは確かに言えると思います。

「トロン」はそんなDNAを刺激し、かつクールなセンスで彩り、
類稀な不朽の作となったのだと考えます。
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