映画音楽は愛と哀しみを・・・2011年02月02日 23時56分37秒

1月30日にジョン・バリーが亡くなった。
イギリスに生まれ、映画館経営の父とピアニストの母の元に生まれた
ジョン・バリーはなるべくして作曲家となり映画音楽を多く残しました。

死亡記事には「007/ジェームズ・ボンド・テーマ」を初め、
「野生のエルザ」「愛と哀しみの果て」「ダンス・ウィズ・ウルブズ」が
代表的ディスコグラフィとして紹介されていました。

「007」はもちろん有名なる"あの曲"。
元々はモンティ・ノーマン作曲、それをジョン・バリーが編曲して完成。
この曲がなければ「007」が長寿シリーズとなる要素は確実に一つ欠けたはず。
ヴァージョンは違うものの、 こちらで視聴ができます。

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「愛と哀しみの果て」は、あのまさに愛と哀しみに彩られた人生と
全てを包み込もうとする大地とを、叙情性を持った旋律が
さらに飲み込もうと映画全体から溢れてくる。
そしてメリル・ストリープの声を池田昌子("しょうこ"ではなく、"まさこ"。
「銀河鉄道999」のメーテルの声をあてた方)が吹替えた日本語版は
震えるほどにバリーの音楽とお互いを引き出しあっています。

そう、ジョン・バリーの音楽は映画全体を決定づけていると言っていいものです。
「007/ジェームズ・ボンドのテーマ」は勇ましいものですが、
オスカー作曲賞を受賞した「愛と哀しみの果て」を初め、
名作・佳作に静かに流れる哀愁と郷愁の感情を揺さぶる音楽も多い。

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ハリソン・フォード出演の「ハノーバー・ストリート/哀愁の街かど」も
音楽によって副題の通りの哀愁100%のものになっていると思うし、
「ブルース・リー/死亡遊戯」は既に死去した偉大なる武道家への、
回想とレクイエムに加え果たせえぬ想いをも汲み取ったのでは。
以前にブログで紹介したタイムトラベル「ある日どこかで」では、
ジョン・バリーの音楽が二人の時間を遡らせたと言えないか。

ときには「ローン・レンジャー」でラジー賞を受賞し、
音楽を担当した「幸福の条件」もラジー賞作品賞を受賞するという、
さすがに長いキャリアのなかでそんなこともあったものの、
映画の雰囲気を8割ぐらい決めてしまう様な力を持った曲ばかり。

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1976年のジョン・ギラーミン監督のリメイク版「キングコング」の音楽という、
変な仕事もやっていたので追悼の意を籠めてまたレンタル。
ピーター・ジャクソンが周囲の制止を振切ったかどうかは知らないけども、
とにかく自分のやりたいことを全て注ぎ込んだ2005年版も好きですが、
この手作り感溢れるギラーミン版も僕は味わい深いと想います。
ちなみにジャクソン版はジェームズ・ニュートン・ハワードが音楽を担当。
(「シックス・センス」「バットマン・ビギンズ」「プリティ・ウーマン 」など)

ジョン・バリーの仕事として意識して音楽に耳を傾けると、
カットの切替りや台詞の間も計算され、良いタイミングで盛上がり、
良いタイミングで音楽の主張が引いているのがよくわかります。
劇中音楽を手掛けるうえで基本中の基本であるにも関わらず、
昨今、ただ流れているだけの煩い曲はないでしょうか。

コングの島に向う洋上の、陽に照らされたオレンジの海の煌きを、
少し骨ばったジェシカ・ラングをピチピチに輝かすとともに
コング登場、コングと美女の心の共振、野獣を襲う悲劇等々、
そのスクリーンに映る人物と生き物の心の幅を増幅していき、
それを見ている僕らの感情にもウェーブを立たせていく。


歌作りの世界には、詩先・曲先という考え方があるそうですが、
それで言うならばジョン・バリーは画先とでも言う様に、
映像をつぶさに見ながら、画に合わせたリズムを作ることを心がけたそうです。
本来、皆そうあるべきであるはずが、分業スケジュールの都合で
曲オーダーだけが先に走るケースもまたあるものです。

映画の行方を左右するものは、脚本、役者、カメラ、編集と様々ありますが、
音楽はときに最終決定ともいえるほどに作品全体を決めてしまいます。
いかに役者が情熱を籠めたり技巧を凝らした演技をしようとも、
いかに秀逸なカメラワークに画を収めて卓越したセンスで編集しようとも。
そこに流れる音楽こそ、彼らの魂の仕事が粉微塵に砕くことも、
彼らのやろうとしたことをさらに高みに押し上げる力をも持っている。

最近でも、目から入った情報よりも耳から入った情報の方が、
脳に直接作用するという話を聞いたことがあります。

サイレント映画の時代から映画音楽は作品全体を支配する力を持っていた。
それが分かるからこそ、ジョン・バリーは繊細な仕事を心がけたと思う。
そして出過ぎることなくときに抑制も利かせることを。
そこから作品と一体となった曲の数々が生まれていった。

音楽まで気にかければ筋が頭に入らないと、普通の人は名前も気にしないはず。
僕も最初から意識するのは、ジェリー・ゴールドスミスやハンス・ジマー、
エンニオ・モリコーネなど数人程度のもので他は後からチェックします。
音楽は自然に耳に残り映画とともにあれば良く、
後から再評価する場合でない限り作者の名前で聞くことはない。
しかし、振り向けば多くの場面でそこに彼らの仕事の数々があった。
良い仕事は出すぎない助力であり、いつの間にか心に広く染み渡っていく。
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