天国はつくるもの2010年10月15日 23時13分53秒

先月、9月頭のことになりますが、一風変わった映画、
「10万人100万人でつくる参加型ドキュメンタリー映画
 107+1~天国はつくるもの~part2  奇跡は起こり連鎖する編」を、
せんだいメディアテーク7Fシアターで行われた上映会で鑑賞しました。

「天国はつくるもの」略して「てんつく」。
この映画は、病気や障害を持っている人達がホノルルマラソンに挑戦したり、
一般の方が砂漠で植林を行う様子に密着したドキュメンタリーです。

昨今のドキュメンタリー映画の傾向ですと、
「ただ、あるがままの姿を捉え、カメラはそれを切り取るだけに留まる」
出来うる限りその場では傍観者に徹するという形態が凄いと言われますが、
この作品は少し違い、監督もその頑張る輪の中に入って、
皆を元気付ける音頭をとっている様子も映し出されています。

何しろ、メガホンをとった軌保博光監督自らが
"てんつくマン"なるヒーローを名乗るのですから。

"映し出す人達を助けたい"という方向性を持ったドキュメンタリーにおいてしばしば、
暗いニュースの報道形態と同様に「撮影するより何か助けたらどうか」
という疑問が投げかけられることがあります。

それに対する答えの一つには、現状にじっとカメラを据えて現実をまざまざ映し出し、
それを多くの人に見てもらうことによって現実を知ってもらい、
行政や民間の何かの行動のきっかけになって欲しいという目的があります。
水俣病のドキュメンタリーで知られる土本典昭氏の作品があげられると思います。

一方で、映し出される人達の立場がどうであれ、とにかく積極的に関わっていく、
見せるだけではなく行動の一端を示し、鑑賞側をガイドする手法を取る場合もあります。
加えてウィットにもブラックにもユーモアを交えることとなると、
マイケル・ムーアの作品などが想起されると思います。

さて、てんつくマンは常に、被写体いや主人公となる人達の傍に寄り添い、
勇気付けるようにカメラを回し、ナレーションも優しく語りかけます。
そこにはカメラがこちらとあちらの境界線として存在するのではなく、
映す人・映し出される人とを繋ぐ糸の様に存在しています。


おそらく監督は撮っているうちに自分の衝動を抑えきれないのだと思います。
そこには「どうせこの程度やったって・・・」という諦めはなく、
「この程度」を数多く積み重ねて「とんでもないこと」をやってしまえることを
心から信じている姿勢がにじみ出いています。

多くの監督は「撮る→見せる→助ける」という考えで動いていると思いますが、
てんつくマンは「撮る→助ける」か「撮る=助ける」あるいは「助ける→撮る」
という考えが自然になっているのではないかと感じます。
それは、誰かが言った"助けるのに理由はあるか"という答えではないでしょうか。
助けるというよりもその根源的なものに動かされるのかもしれません。

もしかすると一瞬迷う人もいるかもしれません。
それは正直なことだと思います。
ただ、それは我々が夢や愛を隠すことなく語ることが
できないままでいることでもあるのかもしれません。
できなくとも、まずは語るだけでもやってみようじゃないか。


この上映会を主催している団体「仙台レボリューション」さんは、
仙台に活気を与えることを目的に日々活動しているそうです。
その気取り無く衒いなく、夢や愛を自然に掲げられる姿勢に、
ああ、こういう人達が仙台の街にいたのかと感じ入ります。
数ヶ月毎に「てんつく」定期上映会を行っていくそうですので、
機会があればご覧になってはいかがでしょうか。
僕は作品を見て自分も病気治療中だけどもまだ負けられないと思いました。

近々、今度はてんつくマンを招いての講演会を開くそうです。
留まらずに積極的に動き回るフットワークを見習いたいですね。

<仙台レボリューション関連サイト>

■センレボ夢公演会のブログ
 http://ameblo.jp/yume-kouenkai/

■☆SENDAI革命☆赤間喜紘の日々成長ダイアリー
 http://ameblo.jp/akama-dream/

■107PLUS1~天国はつくるもの。~part2
 http://tentsuku.com/movie2/

■WEBテンツク
 http://www.tentsuku.com/home.shtml
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