見えない心 「クレイジー・ラブ ~ストーカーに愛された女の復讐~」2011年01月19日 23時10分16秒

奇妙な男女の、奇妙な愛と復讐のかたち
「クレイジー・ラブ ~ストーカーに愛された女の復讐~」
についてのこと。


■「松嶋×町山 未公開映画祭」作品紹介
 http://www.mikoukai.net/013_crazy_love.html
原題:Crazy Love
2007年 アメリカ (92分)
監督:フィッシャー・スティーヴンス、ダン・クロアース


1957年の9月に、32歳の弁護士バートと21歳の女優リンダは出会った。
バートの方からの一方的で熱烈な一目惚れだった。
最初はリンダは素っ気なかったがバートの熱心なアプローチに、
次第に心を傾けていくことになり、人生は狂い始めていく。

バートはお金も仕事の力もあったものの嫉妬深く感情の起伏は激しかった。
それでも彼は彼女に惜しみない愛を注ぎ続け、
彼女の心も開いていき周囲からも祝福をされていた。
リンダのことは若きエリザベス・テイラーと称した。

しかし、リンダの心がバートに掴まれた頃、実はバートは妻がいた、
つまりこれは不倫の恋だったことがリンダにもその家族にもわかります。
当然、リンダは激怒しますが、バートの心は全てリンダで占められており、
妻とは離婚をするのだと彼女を放すまいと必死に説得を試みます。
しかし、妻は別れないと言い、バートが離婚に手間取っている間に、
リンダはすっかり愛想をつかせてしまいます。

彼女を諦めきれないバートは電話、手紙、花束の贈物を絶え間なく繰り返す。
バートは彼女を恐怖に陥れれば自分に助けを求めるだろうと暴走を始める。
リンダも家族も不安に囚われる日々に精神的に追い詰められますが、
そんななかでリンダは別の男性との幸福な婚約を結びます。

ついに彼は人を雇ってリンダの顔に硫酸を振り掛けさせ、
失明の危機に追い込むという常軌を逸した非道の行為に出る。
この結果、バートは裁判を経て刑務所に入ることになり、
リンダは婚約者と別れ、男性との付き合いに距離をおきますが、
それからの二人の人生は実に奇妙なものでした。


リンダのとった"復讐"とは、目には目を歯には歯をというような
相手に対する殺傷に及ぶ報復行為などではありませんでした。
例えば彼女がバートに銃や刃物を向けたとか、彼を監禁したとか、
彼は再起不能の精神障害を負うこととなったとかではありません。
ある意味では、拘束と監禁なのかもしれませんが。

少なくとも、彼女は視力をほぼ失いながらも生きて日常生活を送り、
彼もまた五体満足で日常を送っており、二人とも微笑みに満ちている。
奇妙な話ですが、僕らにはそれ以上のことを知ることはできません。

いびつな形であることを承知で無理矢理に決着を試みたのか、
それともこうなることが運命だったとでも言えるのか、それはわかりません。
ただ、ときに愛には輝かしいものばかりではなく、
負と暗闇のエネルギーも籠められているものだということは言えましょう。

彼女がサングラスの下で微笑を浮かべながら何を考えているのか、
その真意はもはや誰にもわかりません。
人生の経験を積重ねていくと、喜びも悲しみも憎しみも怒りも、
それまで胸に渦巻いていたあらゆる感情が唐突に、"フッ"と溶け合って
フラットな透明な心境になることが、確かにあります。
それを人は、"赦す"というものですが、リンダもそうなのかはわからない。
彼女が負った傷はあまりに深いものであったはずだから。
もし、それを乗り越えたとしたら、これ以上に美しい人はいないはず…。

バートにしても、現在が彼の望んでいたゴールなのかはわかりません。
幸せだと彼は言いますが既に老齢で枯れている彼からは寂しさも感じる。
人間、目的を達成するまでは自分が見えないものですが、
一旦の区切りがつくと急にこれまでの自分を客観視するかの様にもなります。
彼がそれによって贖罪の中にいるのか、未だ夢の中にいるのか
それもまた誰にもわかりません。

ただ、どんな二人だろうとも、多かれ少なかれ、
ある意味では復讐や贖罪と言い換えられるかの様な、
とるべき責任を伴うのが愛ではないでしょうか。
リンダとバートは僕らの極端な面を持った二人なのかもしれません。


硫酸事件のときの婚約者は入院費と看病と将来の不安に押し潰された。
サングラスをかけた彼女に惚れた青年はサングラスを外すと去った。
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