理想に続く長い道 「バーチ通り51番地 ~理想の両親が隠した秘密~」2011年01月22日 23時56分08秒

未公開映画祭作品、あと4本です。

「バーチ通り51番地 ~理想の両親が隠した秘密~」
についてのこと。


■「松嶋×町山 未公開映画祭」作品紹介
 http://www.mikoukai.net/026_51_birch_street.html
原題:51 Birch Street
2005年 ドイツ・アメリカ (90分)
監督:ダグ・ブロック


この映画は、結婚してもし上手くいかなければ離婚すればいいや、
と思う人達には理解し難いでしょうか。
マイクとミナは仲睦まじいごく普通の夫婦だった。
住まいはニューヨーク郊外の庭付きの家、近隣からも慕われ、
三人の子供たちとの親子関係もとくに大きな問題はなかった。

第二次世界大戦の終戦後まもなく結婚した二人は、
離婚をすることなく50年目の結婚記念日金婚式を穏やかに迎えた。
親しい人々に囲まれて祝福される二人の姿は、
アメリカが理想とする古きよき時代の夫婦の姿だった。
結婚式のビデオ制作などの仕事をしている長男ダグは、
両親の金婚式のホームビデオを撮影することにする。

ダグは人よりも多くの、男女の出会いを見てときには別れの話を聞き、
そのためか結婚生活についてはナイーブなところがあるかもしれない。
彼の捉えた映像には晴れやかさと切なさが同居しているかの様だ。

カメラに穏やかな微笑で物静かに語りかけていた白髪の母は、
それからまもなく、永い眠りについた。
祝福ムードの覚めやらぬなかでの突然の別れは寂しくも、
幸福のうちに抱かれたままの幕引きの様でもあった。

ダグは家族の記録を残していこうとホームビデオの撮影を続けていく。
母との良好な関係の一方で、父とは確執はないが交わす言葉は少なかった。
まあ父と息子の間のごく自然な複雑な感情で、なんら悪いことではないが、
ダグはその空白を埋めるように父と不器用な会話を交わしていく。

しかし、なんと父・マイクはミナの葬儀から3ヶ月の後に再婚をする。
相手は35年前に父と出会ったという女性・キティだった。
おまけにフロリダに引っ越すといい、母との思い出の家を整理し始める。
思いもよらない幸福に周囲の人々は沸き立ったが子供達は複雑だった。
父の態度は母に対するそれよりも全く異なっていた上に、
滅多に無い幸運とはいえ、母といるときよりも幸せそうだったからだ。

一方で、ダグは再婚相手のキティが、最近突然現れたのではなく、
自分の成人式にも招かれた程の交流があったことが気になっていた。
父は母に誠実だったのだろうか?そして、母の日記が開かれる

キティに数十年の間、マイクは好意を持っていたけれども、
マイクはミナとの結婚生活を壊さないために努力を尽くしていたこと。
そして、ミナは自分の不満を押し込め、良い妻であり続けようとしたこと。

二人は結婚に対する責任感は強かったと思います。
いや、責任というよりも、離婚という選択肢がすでに逃げ道にすら存在しない。
結婚は二人だけのものではない、互いの親類がいて子供達がいる。
祝福した友人知人へも、関わった全ての人々に対する責任がある。
それが時代であり、かつての結婚は、日本でもアメリカでもそうだったはず。

マイクは定期的にフロリダに足を運んでいたといいます。
それはキティに会いに行ったのかもしれませんが、
そうであっても互いに分をわきまえていたと言えるでしょう。
僕はかつての日本に存在したという赴任地でのお世話をする存在を、
暗黙の了解である不可侵領域としていた風土を思い出します。
それ以上のものを求めず、元の生活を壊すことは決してしない関係。
それは不誠実な関係とは根を別にするものであると思う。

一方で、ミナの膨大な量の日記には不満が閉じ込められていた。
あるいは、そこでのみ解放されていたとも言えるかもしれません。
カウンセリングに通い、担当者に熱い恋心を抱く感情までも。
旅行に出かけ、地域の食事会などの会合への出席は頻繁だったのは、
家庭を独りで背負っていたことからの反動もあるのかもしれない。
キティの存在のおかげで、マイクを疑ったときもあった。

様々な出来事よりも感情を乗り越えて二人は54年を過ごしました。
他の夫婦と比べてマイクとミナの間で特徴的だったのは、
二人とも内面を晒さないことだったのではないでしょうか。
普通はどちらかが開放、どちらかが閉鎖しており、
だからこそお互いのバランスを保っている。
ミナの手記と、マイクの言葉選びに耳を傾ければ、
二人が思考を深めていく人間であることがわかります。

50年を経て二人は人生を達観した様な目で見つめ返し、
詰込んだ言葉で次代へのメッセージを語ることができる。
しかし、結婚当初からそうした思いを持つことは叶わないはず。
仮にキティと最初から結婚していても、上手くいかなかったかもしれない。
お互いが積み上げたものがなければ現在の想いには至らないのではないか。

では、ミナとの結婚はキティに続く通過点ということなのか。
そういった思いは息子のダグにはあるのだと思います。
それは誰にもわかりませんが、子供たちをはじめとして、
マイクとミナで築き上げたものもあるなら無意味なものではありません。

これはある一組の奇妙な夫婦と結婚の話ではありますが、
誰にでも普遍的に訪れるであろう想いが詰まっています。
結婚のこと、人とのコミュニケーションのこと、赦しと諦め、
寛容と忍耐、幸福と不幸、学ぶことが幾らでも出てくる。

理想、と思われているものには隠された真実が存在することがありますが、
しかし隠されたものは溶け込ませているからこそ理想なのかもしれません。
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