闘争の果てに 「パティ・ハースト誘拐 ~メディア王令嬢のゲリラ戦記~」2011年01月09日 23時55分45秒

「パティ・ハースト誘拐 ~メディア王令嬢のゲリラ戦記~」
についてのこと。


■「松嶋×町山 未公開映画祭」作品紹介
 http://www.mikoukai.net/027_gurrilla_taking.html
原題:Guerrilla: The Taking Patty Hearst
2004年 アメリカ (89分)
監督:ロバート・ストーン


パティ・ハーストあるいはパトリシア・ハースト。
現在は女優とされていますが、新聞王ウィリアム・ハーストの娘に生まれ、
1974年に誘拐されて以降、人生が大きく揺れ動くことになる。

左翼過激派「シンビオニーズ解放軍」(SLA)は当時19歳で、
カリフォルニア大学バークレー校に通っていた彼女をさらう。
シンビオニーズ解放軍は、当時のアメリカでべトナム戦争から起っていた、
学生達を中心とした反体制活動組織の1つで、
同時期の黒人達による人権運動と結びついて活動をしていた。
(このシンビオニーズ解放軍のシンボルマークは7つの頭を持つコブラで、
インドの神話に登場する世界を支えてると言われる大蛇アナンタと思われる。)

当初、数人の学生から始まった活動は黒人の政治犯デフリーズを脱獄させ、
強力することでSLAとしての母体を築いていったという。
有力者を暗殺する事件を起していた彼らは逮捕者を出すに至り、
新聞王の娘の誘拐により、おそらくは起死回生を図ったと思われる。
そして彼らは、「カリフォルニア州の貧しい人々6万人に食料を配給せよ」
という法外な要求をハースト家に突きつけていく。
ハースト家はメディアを操り政府の手先となって人民を騙していると。

これらに関する資料はこの後直ぐに、後に起こるサンフランシスコの
銀行襲撃事件にパティが関与していたと見られる映像があり騒然とする、
というところまで飛んでいってしまう。

しかし映画はこのパティの変化を元SLAメンバーのインタビューなど、
当時の関係者たちの証言をもとに掘り下げていきます。
ハースト家は娘のために貧困層への食料配給を実行したものの、
その結果は、現場の混乱を生み出すことになっていく。
人々は喜びに沸いたが食料の質はSLAの望むものではなかったし、
管理・警備体制にも問題があったと思われ、食料を奪い合う暴動になる。
この貧民層というのは黒人白人問わず全人種が交じり合ったため、
それら人種問題が根底にある争いも起こる様になっていく。

その過程でパティの心情は徐々に変化していき、
ハースト家の対応に問題があったのではと疑問を抱いたようだ。
また、次いで要求された400万ドルをハースト家は出せなかった。
そして彼女はSLAメンバーとなることを選択する。
(一部資料ではその公表は銀行襲撃~襲撃後となっていますが、
映画によると公表も銀行襲撃の前になされ、新聞にも出ている。)

彼女はタニアと名乗り、SLAの広告塔・シンボルとなっていく。
敵にさらわれたはずの美人令嬢が敵側について反旗を翻す。
冒険ファンタジーの様な話でいかにも好まれそうな話です。
冒険ファンタジーと言えばSLAの創設メンバーは
「ロビン・フット」が好きだったといいます。
どうも夢想家たちはヒーロー好きということがあるのでしょうか。

SLAはロス警察によって隠れ家に突入され、銃撃戦の後に壊滅する。
その場にいなかったパティは元メンバーへの追悼文と、
今後もSLAとして活動することを表明するが、1975年9月18日に逮捕される。

パティ・ハーストのゲリラ戦記は19ヶ月におよぶものだった。
SLAとして活動していた時期には"ハースト家のブタども"とまで呼んだが、
逮捕後、自分は混乱の中にあり従わされていたという証言をする。
一般には彼女はストックホルム症候群、犯罪者に囚われた被害者が
犯罪者の側に同調する様に傾いていくという状態にあったと言われる。
しかし、この映画の証言はそれらの通説を否定するものもあります。
若い彼女はSLAメンバーのウィリーに惹かれただけの話だと。

パティは7年間の禁固刑となるが22ヶ月間の服役の後、大統領恩赦で釈放。
その後はSLAとして活動した体験を執筆した本を出版し、
カーター大統領の恩赦に続きクリントン大統領からも特赦を受けたそうだ。
以降、女優として映画に出演したりテレビ出演をしたりしている。

彼女が本心からゲリラに従っていたのか否かは定かではない。
ただ、この映画のラストも彼女がテレビの対談番組にゲストとして出演し、
にこやかに微笑みながら語り始めるところで終了するその様子を見ると、
微妙に彼女のしたたかさが覗かれる様にも思えます。

SLA時代には婚約者を罵り遂には婚約が解消されるわけですが、
SLAのメンバーに恋をし実際にその事実も公表した彼女が、
そのまま上手くいけばよし、逮捕されれば被害者に戻れば良いと考えたら。
もしさらわれたことをきっかけに企みを廻らせたとしたらどうだろう。

彼女がどれほどの計算を働かすことができたかはわかりませんが、
裕福な家のそれなりに権謀術数に触れるような環境で自然に育てば、
あるいはという想像も巡らせたくはなるのでありました。
いずれにせよ、犯罪者となったにも関わらず表舞台に出る彼女も、
スター扱いして担ぎ出す側もいやはや恐れ入る国であるというほかない。

ローンやら家庭やらという言葉が洩れるようになり、
反体制を唱えた側も年老いて丸くなっていってしまった。
呪縛から覚めて罪を懺悔することは良いことなのだが、しかし。
テレビのパティを観ているとこのような世の中になるために、
体制側も反体制側の何れも、命を散らしていったのではないと思うのだが・・・。
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