心を繋ぐクリップ 「600万のクリップ ~ホロコーストを学ぶ~」2011年01月24日 23時40分53秒

未公開映画祭も、あと2本!
長い戦い?にまもなく決着がつきます。

僕自身は未公開映画祭のなかで一番美しいと思う
「600万のクリップ ~ホロコーストを学ぶ~」
についてのこと。


■「松嶋×町山 未公開映画祭」作品紹介
 http://www.mikoukai.net/029_paper_clips.html
原題:Paper Clips
2003年 アメリカ (88分)
監督:Elliot Berlin


600万というのはホロコーストで犠牲になったユダヤ人の人数と言われており、
その数には諸説の見解がありますが、多くの人々が命を落としたという
忘れてはならない事実は変わらないと思います。

この話の舞台となるのはアメリカ南部のテネシー州の田舎町
ホウィットウェル(信号が2つしかないそうだ!)の中学校。
町はかつては炭鉱で賑わったが閉山以降、とくに見るものもなく
いまどき大型店舗も見当たらないのどか過ぎる土地。
リンダ・フーバー校長が語る町のデータによれば、
人口は1600人、ユダヤ人やカトリック信者はいない。
学校生徒で黒人は5人、ヒスパニック系1人の、ほぼ白人社会。

アメリカ人といえばユダヤ人との関連は深いと思いがちですが、
そんな田舎で育って都会にも出ずに人生を過ごせば、
多民族国家のアメリカで暮らすには世界を知らないことになりかねません。
他の民族とその歴史を知らないことは差別と偏見を知らないということ。

ここで声をあげたのは副校長のディヴィッド・スミス先生と、
8年生担当のサンドラ・ロバーツ先生でした。
彼らは他校の授業を研究し、ホロコーストの授業を行うことを提案します。
そして、600万という数字が想像できないという生徒の感想をきっかけに、
その数を実感するべく生徒27人で600万個のクリップを集める計画を始めます。

クリップについては僕も初めて知ることでしたが、
ユダヤ人の間で反ナチスの印として身に付けられていたそうです。

ホロコーストが関係した授業でアメリカの生徒達が行動を起こすという話は、
「アンネの日記」が重要なきっかけになっていた映画、
2007年のヒラリー・スワンク主演「フリーダム・ライターズ」が記憶に新しい。
この映画はホロコーストのみに主題をおいてはいませんが、
あの女性教師が人種差別をしてはならないことを教えるため努力を重ね、
生徒達が大きく成長していくこととなった点は通じるものがあります。

「フリーダム・ライターズ」の舞台はロス郊外の高校だったので背景に、
都会の差別やいじめ、本を読めない事情、学校側との対立がありましたが、
ホウィットウェルでは先述の様な田舎の小さな学校ということもあってか、
学生と教師の協力関係や地域からの支援が良好な関係を既に築かれていて、
一丸となって達成に向っていく様子が好ましく映ります。

自分達でも集め、著名人達に手紙を出し、地域の輪を繋げた情熱は、
ジャーナリストのシュローダー夫妻の心を動かします。
彼らはドイツ人として何かするべきだという(贖罪の意識もあったと思う)
大きな使命に導かれる様にして力を貸すことを申し出ます。
さらに、計画はホロコースト生存者の人々の耳にも入り、
ワシントン・ポスト紙の協力も得て一気に世間に知れ渡る様になると、
瞬く間に2400万個以上に及ぶクリップを集めることになります。

僕はホロコーストについての話を聞くたびに複雑な気持ちになります。
当時、ドイツに接近していた日本はどこまで現地の状況を把握していたか、
同盟の実態はどうであれ、形の上でも組んでいた相手の人道を外れた行いは、
重く受け止めてとるべき努めがあるように思います。

おそらく、日本においてもホロコーストへの理解は薄いことかと思います。
僕も詳しく説明しようと思ってもできません。
ただ、説明はできなくとも、人間がそこまでやれるのかということと、
犠牲になった人々のために、怒りを感じ涙を流すことはできるでしょう。
この様な授業は日本でも今後行われていくべきだと思います。

当初、数を実感するために集められたクリップは、
計画が進んでいくにつれてそれ以上の重みを持つ様になります。
生き残った人々達による、この歴史を忘れてはならないという想いと、
死んでいった家族、友人に対する深い追悼の想いが、
手紙とクリップに魂として籠められる様になっていき、
暗黒の時代から生還した人々の訪問と未来へのメッセージを託され、
学校では自分達の成すべきことを意識する様になっていきます。

そして彼らはクリップを展示する記念館を町に設立することにする。
展示する建物に選んだのは、ユダヤ人の移送に使用された、
時代の証人として今もドイツ国内に残っていたナチスの貨物列車。
その中に集まったクリップから1100万個を敷き詰めて、
(ユダヤ人の他、同性愛者、障がい者たちも約500万人殺された。)
平和への願いを籠めたシンボルとして後世に伝える場として、
そして、不当に命を奪われた人々の眠りの地となる様に願いを籠めて。

おそらく、悲しい記憶が血の染みの様に宿ったその中に入れば、
心臓を掴まれる様な衝撃を受けることでしょう。
原爆ドームがやはり悲劇と平和のメッセージを伝える様に、
悲劇と嘆きに終止を打ち、未来への希望を託す存在となるには、
それを感じられるものが必要なのだと思います。

"人に伝えるだけではなく、自分も学んだの。クリップの見方が変わったわ。"
ある少女の一言が心に残ります。

物事は一方的に発信するだけでは変わらない。
それによって自己を見つめ、他者から学び、自分に変化を受容れること。
それが真のコミュニケーションだということではないでしょうか。
そうでなければ、差別も偏見も驕りも憎しみも無くならない。

記念館は町の名所となり、平和への祈りを捧げる人々が訪れています。
ホロコーストを学ぶために他の学校からの来訪もあります。
ホウィットウェルの生徒達は成し遂げた偉業に誇らしげですが、
やがて、もっと大きなことを成していたことに気づくでしょう。

ユダヤ人もドイツ人も、白人も黒人も有色人種も、同性愛者も障がい者も、
平和を願い差別を繰り返さぬ様に問いかける全ての人々、
この計画を通じて協力を申し出、ともに心を通じ合わせた人々。
そして、この映画を観て心に何かを感じた世界中の人々。
クリップはその心を600万以上の繋がりで繋いでいるということを。
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