リアルな青春 「シェルビーの性教育 ~避妊を学校で教えて!~」2011年01月13日 23時18分16秒

フツーの女子高生が学校の性教育改革のために立ち上がる
「シェルビーの性教育 ~避妊を学校で教えて!~」
についてのこと。


■「松嶋×町山 未公開映画祭」作品紹介
 http://www.mikoukai.net/022_education_of_shelby_knox.html
原題:Education of Shelby Knox
2005年 アメリカ (76分)
監督:マリオン・リプシュッツ、ローズ・ローゼンブラット


舞台はアメリカ・テキサス州ラボック。
「10代の妊娠と性感染症の割合が全米で最も高い町」とテロップが流れる。

当時この地域は保守的なキリスト教福音派の勢力が強いところ。
その関係上、婚前性交渉を教会でも学校でも禁じている絶対禁欲主義教育地域。
また、エイズを防ぐために、SEXをするなということでもある。

にも関わらず、先述のテロップの様なことになっているわけで、
禁じられれば禁じられるほどに人間やりたくなってくるんだよなあ。
それ以外にすることないもん!と女の子達が叫ぶように、
映像で見るラボックはのどか過ぎる田舎町です。

とはいえ問題はのんびり構えていられる様なものではない。
絶対禁欲主義教育を行うと、性教育を教えない、避妊を教えないことになる。
禁欲を教えるのだから実際のことは教えなくていいということはない筈だが、
教えるとやり方を覚えて行為に実際に及んでしまうだろう?
というのが教会と学校の言い分のようだ。

論理としてはその通りなのだが、実態は既に述べた通り。
教えを守らない不埒者はどこでもいるはずではあるものの、
少しはいるどころか全米でトップになっている。全く効果はない。

理想と現実はこんなに大きく乖離しているのだから、
ちゃんと性教育を授業にして避妊の方法を皆にきちんと教えて欲しい、
でないと望まない妊娠をして人生滅茶苦茶になってしまう子が後を絶たない。
そう決意して立ち上がったのが、我らが女子高校生のシェルビー。

彼女の両親も熱心なキリスト教福音派信徒。
シェルビーも福音派集会に参加し、結婚までの純潔の誓いをたてているのだ。
両親は彼女を愛しており、稀にみる良い両親と言えますが難色を示す。
(とはいえ、親はやはり娘を応援したいというのが強く伝わってくる)

余談ですが、この集会の風景は未公開映画祭作品のひとつ
「ジーザス・キャンプ ~アメリカを動かすキリスト教原理主義」に登場する、
音楽や誓いで信仰を強くする様子が映し出されていますが、
今回の作品は「ジーザス・キャンプ」の様に狂信的には見えない。
違う集会だからということでもあるのですが、ドキュメンタリーはやはり、
撮り方によって大きく印象が異なるものだと再認識した次第。

さて、シェルビーは性教育推進のために、市の青年会に入会。
青年会の活動としてラジオなどで呼びかけを強め、
教育委員会にも意見と要望を出し、積極的に活動を進める。
しかし、なかなか彼女の思うようにはいかない。
教育委員会の態度は想像以上の強固で冷たい鉄仮面に覆われてるが如く、
シェルビーの提案を受け入れるどころか軟化する姿勢も示さない。
さらに市は青年会への資金支援を止め様としてしまう。

この映画は僕はかなり好意的に見ています。
テーマも良いのですがそれだけに留まらず、
直向さ、高揚、挫折、苦悩、再生、奮起、希望と失望などなど、
青年期に訪れるほとんどの出来事と感情が現実のままに詰まっており、
それをシェルビーは一生懸命受け止めたり立ち向かったり、
ときには仲間や両親とに諭され励まされ・・・
そのひとつひとつが力強くも瑞々しくも焼き付けられている。
小さな光だけれども、心を揺さぶるものがこの作品にはある。

青年会でシェルビーと双璧を成す、好青年コーリーの存在も忘れ難い。
政治家肌で融通が利かず意見の対立も多いとシェルビーは言う。
コーリーもまた彼女をもっと見極めて行動をする様に諌める。
だが、10代への性教育を行うのは大事なことだという思いは同じ。

二人は意見や立場の違いはあっても、同じ目的に向かい各々の情熱を持ち、
ぶつかり合いながらも切磋琢磨され、お互いの力を認めていく。
やがて袂を分かつときが来て違う道を進むことになっても、
それぞれのやり方から目的を達成するため、今も戦い続けている。
何か、性別を越えた戦士の友情の様なものを感じてしまう。

映画が撮影されたときは上手く行かないが、シェルビーは負けない。
大学でなんと大統領選を見据えて活動を続けていくと言い、
夢想に留まらない経験を積んでいる頼もしいスーパーガールである。
僕らだけでも夢想するならそのときはコーリーを副大統領に、なんてね。

2008年日本公開の「JUNO/ジュノ」は田舎町で望まぬ妊娠をした少女が
周囲を跳ね除けて奮闘する明朗快活な光に抱かれたフィクションだったが、
現実世界の若者達を見ていてもまた、力を分け与えられている気がする。
目的をはっきりと意識したシェルビー達の前途に希望があることを。

それにしても、避妊教育反対派の教育委員会のトップが最後に失脚しますが、
本当に面白いほどにしょうもない件でこうなってしまうんだなあ。
大人たちよ、シェルビー達の爪の垢を煎じて飲め!
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