虚構の真実 「CSA ~南北戦争で南軍が勝ってたら?~」2011年01月10日 23時11分48秒

ドキュメンタリー作品をお送りする未公開映画祭の中で、
偽ドキュメンタリーの構成で作成したフィクションである
「CSA ~南北戦争で南軍が勝ってたら?~」
についてのこと。


■「松嶋×町山 未公開映画祭」作品紹介
 http://www.mikoukai.net/024_csa.html
原題:C.S.A
2004年 アメリカ (89分)
監督:ケヴィン・ウィルモット


CSAは1861年~1865年にアメリカで勃発した南北戦争において、
勝者である北軍・アメリカ合衆国からの独立を宣言して戦った南軍のことで、
「Confederate States of America」、アメリカ連合国を指します。

この映画は、北軍が勝利し現在のアメリカ合衆国となった史実とは逆に、
南軍が勝利してアメリカ連合国としてアメリカが統一された「if...」の歴史、
架空の現在をイギリスのTV局が客観的に見つめたドキュメンタリーを製作し、
それをアメリカのTV局が買い付けてCMをつけたという設定になっています。

現実とは逆のことが起こった場合の架空の歴史を扱った作品は、
例えば韓国の近未来SF映画「ロストメモリーズ」などがありますが、
(1909年、安重根による伊藤博文暗殺が「失敗した」架空の歴史を描く)
それは物語作品を作るための構成要素のひとつとして働くものであり、
ドキュメンタリーの体裁を取り、かつ客観的考察を含んだ作品としては、
僕は始めて見たように思います。

強いて言えば「if...」の未来を描いた2006年のイギリス映画、
もしも、当時のブッシュ米大統領が暗殺されたらどうなるかを
擬似ドキュメンタリーで描いた「大統領暗殺」が近いでしょうか。

南軍が北軍に勝つことをきっかけとして、映画は婦人参政権の消滅、
ナチスドイツのヒトラーへの接近とユダヤ人への態度の変化、
奴隷解放論者達のカナダへの逃亡・流入とカナダとの関係悪化、
白人至上主義の一層の精神的高まり等々、様々な可能性を描いていく。
「風とともに去りぬ」の話の書換えまでやるのだから凝っている。

巧みなのはアメリカ国内に留まらず米西戦争や世界恐慌の史実も組込み、
アメリカ連合国の視点へ微妙にずらしながらも、大きく修正はせず、
あり得なくもないかもしれないと思わせる程度に留める点です。
太平洋戦争はアメリカが日本に奇襲して開戦したことになっている。

南軍が英仏の援助を受ることに成功して北軍に勝利するシナリオはともかく、
21世紀に現在に至るまで黒人の奴隷制度が綿々と受け継がれるうえ、
アフリカの指導者の協力も受けるのは無理があると思いますが
これもアフリカの部族間闘争に目をつけ、敵対部族を奴隷にすることで、
協力した部族への資本的援助を行うという手法を取ります。

また、全く奴隷に賛成するばかりではなく奴隷解放論を根強く残し、
隠れた奴隷解放論者や黒人大暴動も起こし、CSAの社会でも
奴隷を解放しようとする者、奴隷の身分を向上させようとする者はいると、
人道的側面が残っていることを覗かせることでリアリティを深めていきます。

奴隷は素晴らしい、奴隷は聖書に記された正しい教えだ、
奴隷を楽しくショッピングしましょうというCM、
連合国政府制作のプロパガンダ映像ばかりではなく、
「夫は奴隷解放論者」という架空のミステリー映画の映像など、
娯楽風俗を示すことは世間にそれが深く浸透しているかを映し出します。

さらに次期大統領候補が実は奴隷の血を引いているという
疑惑をかけられるスキャンダルが用意されたクライマックスでは
本物の歴史を揺るがす出来事を目撃したかの様な錯覚を起す。

そこがこの映画の肝であり製作の意図ともなっている様です。
北軍が勝利しても黒人の地位は変化せず依然として問題は残っていると。
制度としての奴隷は廃止されていても、意識の改革までは成されなかった。
黒人の地位は20世紀に入っても低く扱われ、差別を受け、政治、労働、
生活、娯楽のあらゆる場で公然と行われていた。
20世紀のキング牧師やマルコムXの黒人解放活動は、
南北戦争からもはや少しで100年近くになるかとする頃に始まっている。

黒人奴隷が存在することを前提としたCMが挿入されます。
奴隷を医学的に研究しましょう、黒人奴隷を逃がさないように、などなど。
映画が偽ドキュメンタリーで実際に偽のCMも登場するため、
全て架空かと思いきや、20世紀の半ば過ぎまで実在した本物もあり、
サ○ボなどの差別的名前を冠した商品が1980年代まであったということが、
最後の最後で、南北戦争終結後のアメリカ合衆国に、
本当の歴史のなかで存在していたものだと種明かしをされる。
これを観たアメリカ人は仰天したそうな。
まったく笑えない話になってしまった。

架空の歴史のなか、CSAは黄色人種をも奴隷として組み込もうとしますが、
これは架空の歴史が暴走を始めて好き放題に妄想されたものではなく、
僕らは同様な状況を現実世界で見せられていることに気づく。
大企業がアジア各地、発展途上国に工場を作り工員達に過酷な労働を強いて、
暴行まで受けている事実を、奴隷に等しい扱いといわずして何と言おう。

これはブラックな笑いですが、笑えないコメディです。
笑いの後でメッセージに気づいたとき、僕らは震えることになる。
奴隷の存在が我々を我々足らしめる、その言葉は、
強者が弱者を抑え付ける社会の現実を物語っている様に思える。
言葉や制度を無くしただけでは何も変わらない。

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