ある視線2008年11月30日 23時02分44秒

黒沢清監督の最新作「トウキョウソナタ」についてのこと。
2008年カンヌ映画祭「ある視点」部門審査員賞を受賞。


トウキョウのごくごく普通だった、ある家族の話。
そこそこの地位から突然会社をリストラされた父・香川照之。
家族とすれ違いなんとなく充実感のない母・小泉今日子。
バイトは上手くいかず、ついにアメリカ軍に入隊を志願する兄。
ピアノに興味を持つも父に止められこっそり教室に通う弟。
ごく普通の家族が少しずつ不協和音を奏で始めた。


「ある視点」部門での受賞とはまた、
黒沢清の最近の傾向を捉えたようで相応しい賞だと思いますが、
本作では子供たちの父、母を見つめる視点、視線が印象的です。

リストラされ公園で配給の食糧を貰い、ハローワークに通い続け
やっとショッピングモールの清掃員になりながらも、
家族には全てを隠し、その上で子供に権威を振るおうとする父に、
はっきりと具体的には言わないものの核心を突く、子供の一言。
「親父は毎日何やってるんだよ」

あるいはリストラ仲間がやはり家族への偽装工作のために
香川照之を夕食に招き、妻は香川の言葉で安心し、
というよりも大丈夫と自分に言い聞かせながら、
(自分にとって都合の良い言葉しか信じないような)
その家の子供は全てを見通したような一言を放つ。
「大変ですね」

一見立派な大人を装いつつ、その中身は歪んでくたびれている姿は、
世界に誇る巨大都市・東京の細部の綻びと重なります。
黒沢清の近作「叫」でもそうであったように、
カメラは遥か向こうに巨大ビル群を映しながら手前に失業組を映し、
また、薄汚れた無機物群を折々に映し、
ピカピカのショッピングモールとも対比します。

都市・社会を構成する不可欠な要素がそこに暮らす人であるならば
充足感を抱かない人々が都市の空気を形成し、
また閉塞感漂う都市が人々を窒息させているのではないでしょうか。

しかし、映画は次男の素晴らしきピアノ演奏で幕を下ろします。
その場面は神々しい光に包まれており、神秘性さえ漂います。
その力に心打たれた大人達が引き寄せされじっと聞き入り、
父は次男そのものの力に敬服する。
それは、ボロボロの大人達の、彼らの作った社会が気づくべき、
監督の言う、まさに未来の希望というべき場面でしょう。


かつて10年ぐらい前に黒沢清作品を観ていたときは、
その静かな視点ゆえに退屈になることや、
怖くないホラー(今見返せばそもそもホラーに主題は置いていない)
だったりとあまり魅力を感じないことが多かったものですが、
最近になってそれも良く思えてきました。

今回、本編に直接関係はありませんが、最後の次男のピアノ演奏で、
この場面で演奏が始まってから香川照之が一言も発せずに
目を潤ませて聞き入っているだけであるのが良いです。
「あいつ、あんなに上手かったんだな」等と発しようものならぶち壊し。
最近、説明をしすぎて奥ゆかしさも情緒も欠片も無い
興ざめする日本映画が多い中で、やはり貴重だと思います。

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