映画が自分を創っている。2010年07月18日 06時37分47秒

ずいぶん前のことですがふらりと仙台駅前の丸善に立ち寄って、
書棚を眺めていたら表紙買い・タイトル買いをしました。
最近は滅多にやっていなかったんですけどね。


購入した本は「僕の体の70%は映画でできている」。
著者は小島秀夫。
ゲーム「メタルギアソリッドシリーズ」を手掛けたゲームクリエイターで、
その作品スタイルや無類の映画好きという一面から、
小島秀夫「監督」と呼ばれています。

その小島秀夫がこれまでに鑑賞した映画の中からお勧めの映画について語る。

昔、僕は東京ゲームショウで監督のトークショーを観覧したことがあります。
他には当時のワープの飯野賢治、カプコンの岡本吉起、セガの中裕司がいたように思います。
記憶だけが頼りなので違ってたらごめんなさい。

小島監督の作品群、特に「ポリスノーツ」「スナッチャー」には、
明らかに好みの映画への強い愛情を感じますから、
こういう本はあってもおかしくないよなあ、と思いながら手に取ると、
ゲーム雑誌に連載された映画評を編纂したものとのこと。
さらに、元々は英国のゲーム雑誌に連載していたものを転用したらしい。

それはそれとして面白そうだったのロクに中身も読まず買いました。
タレント本のような印象でしたし、やや疲れてたのでほんの息抜きだったのですが。



帰って読んで驚きました。
涙が溢れて胸が熱くなってしまいました。

そこに書かれていたのは映画への本当に純粋な愛情でした。

映画本を読んで泣いた経験はこれまでに、淀川長冶先生と大林宣彦先生の本しかない。
まさかその次に名前を並べるのが小島秀夫だったとは。


特徴としてはまず、その映画を始めて見たときの体験を当時の状況も交え、
どんな映画館で見たのかどんな友人達とみたのかを適度に添えて綴っている。
自然と、小島秀夫自身のエッセイにも自己紹介にもなっている。

テレビの日本語吹替で見たとか、レンタルビデオで見たとか、
だから自分の中ではこの俳優の声は吹替のこの人しかないなど、
「そうそう」とも「へー」と感じられる書き方。

「適度」というのが大事で、当然カメラワークや音楽の鳴らし方も細かく語りますが、
長々と陶酔したオタク評ではなく、読み手に分かりやすく心がけている。
見所を語るくだりはほとんど実況中継か活動弁士のそれに近く、
読んでるだけで映像が目に浮かんできて、「是非見たい!」という気持ちにさせる。

「見たい!」と思わせるのは至難の技。非常に羨ましい。
僕も多くの稚拙な映画評を書いてきたものの、
果たして読み手が「見たい!」と思ったことはあったのでしょうか?


最後に好きな台詞で結ぶスタイルは、かなりかっこつけていますが、
そういうことをしても鼻につかない、嫌らしくないのが良い。
なぜなら「ああ、この人、本当に映画が好きなんだなあ」と感じさせるから。
そういうのは文章や語りのテクニックではない。映画の愛し方によるだけだと思います。

現代映画への否定的な発言も少なくはない。
しかし、失望はしていない。むしろ、古きも新しきも、全てを愛している。
駄目なところがあっても、良いところを見つけてそこを好きになっている。
失望やただの批判からは何も生まれないことを熟知している。


一つ、気づいたのは、小島秀夫の"記憶の中にだけ"あるシーンがたまに登場すること。
「パピヨン」や「ナバロンの要塞」の評にて書かれている。

淀川長冶が大林宣彦の「異人たちとの夏」を評したときにも、
淀川さんの記憶の中だけにあるシーンがあったという。
「暖簾がひらひらとなびいてね…」という淀川さんの言を聞いて、
大林監督は「あれ?あそこはなびいてないはずだけど」と思ったという。

後に、大林監督は「でも、淀川さんの語ったものの方が凄く良いシーンなのね」と言い、
「あれはね、映画に恋をしちゃった人なんだ。」と。
恋をしているから自分の記憶の中でさらに美しくしていると。
それは大林監督にも言えることのように思います。
小島秀夫も映画に恋をしているのでしょう。

恋をしているから、語るときには心の奥からの熱が篭る。
恋をしているから、ときには映画の「あばた」も「えくぼ」に見える。
恋をしているから、映画に触れる全てのことを愛おしく思えるのでは。


映画に対する小難しい話よりも、きらきらと輝いた目で好きな映画を語る人、
その人の語りを聞いているだけでワクワクする、
映画界が求めているのはそういう人ではないでしょうか。


この本は最初に「パピヨン」で始まります。
「パピヨン」に対する批評を是非読んでいただきたい。
次に「ある日どこかで」。
どちらもこの本を読んで「見たい!」と思い、直ぐにレンタルに走りました。
映画評でも、映画本編でも存分に感動を味わいました。
今、「見たい!」のはチャップリンです。


最後に、「パピヨン」の30周年記念DVDを見た小島秀夫の一言で結びましょう。


面白い。震える。泣ける。「これでまた何日かは生きていける!」


これこそ、全ての映画ファンの、好きな映画に対する想いを代弁する名言です。

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