ただただ、この映画を愛す ~「インビクタス/負けざる者たち」2010年02月08日 23時36分03秒

クリント・イーストウッド監督
モーガン・フリーマン、マッド・デイモン主演
「インビクタス/負けざる者たち」についてのこと。


"お前は相手を理解せずに批判している"

"個人的な怒りをぶつけているだけだ"

ネルソン・マンデラ氏は相手を憎み復讐するよりも
相手を理解し赦すことを説いたという。
上記は映画の中に登場する台詞で、マンデラと身内の会話。
端的にその精神を現している言葉で、
他にも随所随所に言葉を変えて現れている。

僕たちはその日常において、相手の行いの正しいか過ちかよりも、
相手への個人的感情に支配されていない、と
どれだけの人が断言して言うことができるだろうか。

僕自身が非常に弱い人間なのかもしれないが、
ネルソン・マンデラのその精神は超人的な強靭さだと思う。
寛容さ、ではなく強靭さ。
27年間投獄されていた人間が、いかに特別な人間であろうと、
相手への憎しみと怒りよりも、理解と寛容と赦しを前に出すには、
強靭な精神力でどす黒い炎を抑え込まなければならない、
永い獄中生活の果てにそれを体得した、僕にはそうとしか思えない。
悟りを啓いた修行僧の精神に近いのではないか。


普通なら、ネルソン・マンデラの映画を作るといえば、
(実際に映画化を許可されたのはごく僅かだけども)
その獄中生活とその後の大統領選挙戦に焦点が当てられるはず。
皆もそれを期待するはずで、実際、2007年に制作された
ビレ・アウグスト監督の「マンデラの名も無き看守」も
マンデラと一人の看守との心の交流を描いた捻りある良い作品だが、
やはりマンデラの獄中生活というだけでドラマチックな昂揚を煽る。
デニス・ヘイスバート(「24」のパーマー大統領役で有名)が
マンデラを演じた、というのもまた期待を高めた。

「インビクタス」はモーガン・フリーマンがマンデラを演じる。
演技力、人間性の面でマンデラに並ぶ、これほどの役者はいない。
彼のその知的な目、眉間に人生から得た何かが詰まった眼差し、
穏やかさと謙虚さと厳しさと誠実さ、そしてユーモア、きりが無い。
一時期、レイザーラモンHGが好きな俳優として盛んに挙げており、
言うのが憚られた(?)人がいたかどうかは知らないけど、
僕も黒人の、いや世界の中で尊敬する人で限りなく頂点に近い。

そのモーガンを配して、ラグビーの話とは?
「チェンジリング」「グラン・トリノ」と比べれば、
マンデラの物語、ワールドカップの優勝などネタは大きい。
しかし、パッと聞いて期待が膨らむほどの話ではない。
そう思って半信半疑で鑑賞した。

凄い。

マンデラという人間の大きさ、当時の南アフリカ共和国の様子、
人々の心境、ワールドカップへの昂揚していく熱気、
全てが余すところ無く描かれ、そして抑制されている。

「ミスティック・リバー」以降のイーストウッドの、
基本的に黒い印象の映像と糸を手繰り寄せる様な物静かなトーン。
特に"静かな"トーンは硫黄島の二部作でも全体の印象だったし、
それ以前も、イーストウッドの作品は大体にして静かだったと思う。
今回になってふっと感じたことだけど、
"もしや、若き日のマカロニの砂漠の光景を思い起こしている?"
と、進化と洗練の果てでなくルーツを辿ったのではないかとも思う。

しかし、その静かなトーンの後、地の底から沸きあがるような、
地響きのような人々の唸りと、熱く滾るマグマのような
マンデラと南ア代表チームの熱気が映画から溢れてくる。

イーストウッドがこれほどまでにスローモーションを使用したのは、
僕は全監督作品を見たわけではないけど、ちょっと記憶に無い。
大体、そういう小手先の誤魔化しのようなことが嫌いな人だし。
今回、それを多用したのは見た目のかっこよさとか以上の、
その場を支配した精神的な何かを表現するためのものだと思う。

精神的なもの、と言っても弱小チームが優勝を勝ち取るまでの、
特別特訓とか暑苦しい精神論で埋め尽くした、
そこいらのスポーツ根性ドラマではない。
まさに、マンデラが語る、国が一つになっていく過程だろう。


小学生に先生は昔こう言った。
「遠足は帰るまでが遠足だ。」

最近の戦争を扱ったドラマやアニメではこう言う。
「(戦争が終わった後)これからが本当の戦いだ。」

マンデラ氏も獄中を脱出した後、大統領に就任した後、
折々に感じたに違いない。これから先が肝心なのだ、と。

イーストウッドもそれを十分に理解していたに違いない。
だからこそ、大統領選の直後、以降の功績の狭間の、
黒人と白人の国民が最も揺れ動いた時期に焦点を当てた。
この御仁の慧眼ぶりには今更ながらにもただただ平伏す。

マンデラは偉大な人間だ。数々の功績と名言を残している。
しかし、それに比肩する大きな力を持った何かがある。
国の力、人々の力、そしてこの映画の力。
今年度最高とも言える、堂々と聳え立つ作品でありながら、
謙虚さも滲ませるこの作品を、ただ愛すしかない。


最後に私事を。

このマンデラを演じるモーガン・フリーマンの
瞳に飲み込まれるように、言葉に突き動かされるように、
僕はその日にある行動を起しました。
それは間違っていなかったと信じているし、
これから先にとっても良い結果を生んだとも信じています。

僕を突き動かしたこの作品を作り上げた
クリント・イーストウッド、モーガン・フリーマン、
マッド・デイモン、その他のキャスト・スタッフ、
そしてこの背景に関わったネルソン・マンデラ氏と
名も無き人々たちに深く感謝いたします。
Loading