その日のまえに2009年01月09日 22時45分43秒

さて、今年も映画の話に入っていきましょ。
と、今年の話に入る前に去年の
大林宣彦監督作品「その日のまえに」だけは。

昨年12月31日の記事でも書きましたが、
去年の最後の鑑賞作品にして一番涙を流した作品です。

原作は重松清。
物語は、病で死の宣告を受けた妻・とし子とその夫・健大が、
病院での闘病生活の前に、若い頃に自分たちが暮らした町を訪れ、
かつてを回想しながら当時住んでいたアパートまで辿り着く。
目的を果たした二人は入院へと現在の街へ戻っていく。
とし子は永作博美、健大は南原清隆が演じている。


さて、紹介とは言ったものの、「その日のまえに」の紹介は難しい。
上記の物語の筋だけでは単にパートナーが難病にかかった男女の
死を迎えるまでの悲しくも輝かしい話にしかなりません。

実際には、昔の友の死の間際に立ち会い心が揺さぶられた男、
病気を抱えても子供に言い出せずにいる母親の話が交差し、
そして、とし子の愛読する宮沢賢治の詩集、
「永訣の朝」を中心に賢治の世界が拡がっていきます。

「永訣の朝」は「今日のうちに遠くへいってしまう私の妹・・・」
と始まるように、賢治が死にゆく妹・とし子を想って読んだ詩。
クラムボンによって曲がつけられ歌となったこの詩が、
くらむぼん君という登場人物によって劇中に歌われ、
賢治をイメージした雪に佇む外套姿の男の後姿の映像とともに、
頻繁に繰り替えされ、映画のイマジネーションをどんどん広げます。
その映像のなんと神聖なこと。

映画では「永訣の朝」と重なるように、
原作の妻の名前を「とし子」と変更していますが、
この永訣の朝は、死をむかえる人達全てに、
もっと広げれば、別れに対して贈られるように感じます。

死が二人を分かつまで・・・
というように人が死ぬ限り必ず別れの刻は来ます。
出会いがあれば必ず別れる日が来る。
だからこそ、別れのその日のまえを、
互いに想い、共に愛し、懸命に生きる。

そして、別れの後には必ず残される人がいます。
劇中、「僕、だんだん一人ぼっちになるのかな」と呟く少年。
しかし、別れの後にはまた出会いがあります。
一人が別れ、二人と出会い、また出会いと別れを繰返す。
出会いに導くための別れがあり、出会いが繋ぐ出会いがある。
だから「その日のあと」もある。

映画は過去から遡り、現在に至り、
そしてその日が来て、その日の後へ続いていきます。
滝田洋二郎監督の「おくりびと」がそうであったように、
現在だけを見ず、過去・現在・未来を一つの流れに捉えています。
だから、とし子は別れの後のことを考え健大へ伝言を残し、
それを読んだ健大はその日の後を生きていくことが出来る。

今しか考えられなければ、別れは死が分かつより早くやってくる。
先を見据えることができた、とし子と健大は愛情を深くしていきます。

しかし、二人は死を前に悟りの境地に達した聖人ではありません。
物語の後半、我々はそれまで天真爛漫だったとし子の、
悔しさと哀しみと諸々の感情で顔をぐしゃぐしゃにした姿を見ます。
その瞬間、引き裂かれそうな想いに胸が悲鳴をあげ、
号泣して飛び出す健大の感情と私の感情が一つに重なります。
だから、悲劇のヒーロー然とした難病作品とは全く質が違う。

とし子と健大には10代の二人の息子がいます。
息子達は母の死後、「悲しくなかったの?」と聞きます。
健大はとし子が泣いていたことを秘密にします。
それは大人のやせ我慢とも違います。
秘密にしていたからこそ深い愛。
二人の想いは二人の心の中だけに。
健大の大人としての奥ゆかしさをも感じます。


この映画は非常に台詞が多いにも関わらず、
その行間が非常に、いや、異常に広いのです。
行間から溢れるものが体の隅々まで行き渡り、
心を映画の世界へと誘い包み込んでいきます。

宮沢賢治の世界に彩られているからといって、
詩的・文学的な言葉が多いわけではありません。
ごく普通の言葉が深く深く意味を持っている。
それは台詞が脚本上の記号ではなく、そこに意味というより、
登場人物の人生が籠められているからでしょう。

昔、大林作品をその意味を理解せず、
何か変なことをやる監督だと笑ったことがあります。
しかし、最近になって段々わかる、というより
感じられるようにはなってきたと思います。

映画鑑賞も人生の歩みと共に変わっていきます。
数を重ねたからではなく、経験や出会いが感受性を開いていく。
かつては好きなものをただ消費することのように思っていましたが、
約10年が血肉となり、意味を持つようになってきたように思えます。

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