負の因子の継承2009年01月23日 23時35分05秒

シドニー・ルメット監督の45作目の最新監督作
「その土曜日、7時58分」についてのこと。

<物語>
ある土曜日、7時58分。
ショッピングモールの宝石店に強盗が押し入り、
老婦人が銃撃され、強盗が婦人に射殺される事件が起きる。
首謀者は宝石店を営む老夫婦の実の息子・アンディ。
一見裕福な会計士である彼は気弱な弟・ハンクに、
銃では脅すだけ、保険があるから誰も損しないと計画を持ちかけた。
しかし、ハンクは自分でやる自信がなく、友人・ボビーを共犯に誘う。
そして、ボビーは射殺される。
そこからアンディ、ハンク達、家族の崩壊が始まっていく。


1990年以降にも監督作はあるとは言え、
シドニー・ルメットと言えば代表作「十二人の怒れる男」(57)であり、
魅力を感じた作品で一番新しい作品「評決」(82)でも、
自分が子供の頃の作品であるもので、
私の年代ではすっかりクラシック時代の巨匠の範囲にあります。


「その土曜日、7時58分」はその事件の発生時刻を起点として、
兄・アンディ、弟・ハンク、そして父・チャールズの三者の
「その時」から数日前、その後を描いていきます。

一つの出来事を複数の視点から描いていく作品は、
近年では米大統領狙撃事件を8人の視点から
6パートで描く「バンテージ・ポイント」(08)や、
一家4人が殺された事件を107人もの証言から浮き彫りにする
宮部みゆき原作・大林宣彦監督の「理由」(05)等など、
新鋭からベテランまで扱う題材。

前者の様にスリリングに、サスペンスフルに描かれるもの、
後者の様に冷静に検証的に、ドキュメンタリー的に描かれるもの、
あるいは、そうした形式の作品の多くの起点「羅生門」(50)もあります。
(ただ、「羅生門」は複数視点から事実を鮮明にしていくのではなく、
謎を深めて全ては霧の中へと、謎の解明がテーマでは無い点で異なります。)

「その土曜日、7時58分」は緊張感を持ちつつ、
クラシカルな音楽が場面の空気を支配し、
三重奏を奏でるように物語が紡がれ、
3人の境遇、人生、不幸を後半に進むほどに増幅していきます。

富裕層でありながら薬漬け、結婚生活は倦怠期、
どうやら父とは確執を解消することはできないまま
これまで生きてきた様子のアンディ。
悪者から変態まで、あるいは危うい天才作家まで演じてきた
フィリップ・シーモア・ホフマンが演じると普通に見えても
均衡を崩すと溢れ出す狂気が感じられます。

弟はイーサン・ホーク。
彼は顔は良いですが、やはり頼りない男を演じる方が良い。
結婚は破綻、養育費も払えず元妻、娘からも馬鹿にされる。
強盗計画は失敗、加えてボビーの妻とその兄が強請りにくる。
彼は全てが崩壊していく中で行方知れずとなってしまう。

そして、父を演じるアルバート・フィニー。
最初は宝石店を夫婦で営む、子との確執もありながら
既に余生を過ごす時期に入った老人の様に登場。
そこへ突然訪れた悲劇に我々は憐れみを抱きます。
しかし、どうやらこの父は若い頃には
かなりワルをやった様子が燻り出されてきます。

批評家の評ではアルバート・フィニーの怪演を
称賛するものが多いですが、
彼に息子が盗品をさばく様に依頼に来たことを告げる、
チャールズと悪友だったと思しき故買商が印象深いです。
彼の言葉に絶望し、放心するチャールズ。
故買商の言葉が、神の、悪魔の言葉の様に頭に響く。
あの故買商の笑みがこびり付いて離れません。

父の狂気と悪の因子は落とし前をつけることなく
これまで時が忘れ去る様に歩んで来たのかもしれません。
それは息子へと受け継がれ、表面的には見えない形で、
心の奥底で種のまま眠り続けてきてしまった。
脆い社会の中で、油断をすると芽を吹き開花する狂気。
人間のみならず、それは負の遺産を引継ぐ、
時代に置き換えても同じく言えることではないでしょうか。
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