歩く ― 2006年10月15日 00時56分06秒
約30年前のロボットアニメ「超電磁マシーン ボルテスV」が
DVD-BOXになるとのことで、即決で予約してしまいました。
そんなノスタルジイとは全く関係ないノスタルジイな青春映画
「夜のピクニック」を鑑賞して参りました。
原作は私が贔屓にしている恩田陸先生。
恩田先生の作品を映像にするのは高難易度の作業だと思います。
何しろ登場人物が考える考える。
思索を巡らし回想し夢想し、ネタも様々な分野が飛び交う。
その一つ一つは脇道でも全体で統一された雰囲気を出しています。
それが映画ではアニメや資料映像などあの手この手で表現されます。
あるシーンではこりゃ「プラトーン」だな、次には「地獄の黙示録」。
普通の純青春映画を見るつもりでいると意表をつかれますが、
恩田作品の表現としてはこれもありかと思います。
何しろ思考と言うものは案外脈絡がないもので、
湖底からふと湧き上がってくる泡のようなものや、
川沿いの霧のようにいつの間にか発生したり
突然雷光のように閃いたりするものがほとんどです。
頭の中を常に映像化するモニタがあったらこんな感じになるのでは。
さてさて、舞台となる歩行祭は現実にやるとなると大変だろうと
思いきや茨城の現実の高校で行われている行事だそうです。
となると高校生ほどの体力はないけれど歩いてみたいものです。
しかし、一人で歩いても仕方がない、仲間がいないと。
仲間と一緒に歩く。ありがちな発想ですが人生を思わせます。
路肩に座り「あっちが過去で、こっちが未来」と言うシーン。
皆でゴールした門の上にはさり気ない「START」の文字。
途中で何人もの人とすれ違い、追い抜き追い越され、
一時分かれた友人とまた再会し、歩く。
車や飛行機でなければ分からない景色もありますが、
歩かなければ分からない景色もあります。
目で見る景色だけではなく、考えることによる景色の変化もあり
一緒にいる人間でも変わる。つまり経験や印象となっていきます。
歩くことがただの移動手段になっている自分としては、
歩くことの意味や効果を考えさせられたのでした。
そして明日も道を歩く。
DVD-BOXになるとのことで、即決で予約してしまいました。
そんなノスタルジイとは全く関係ないノスタルジイな青春映画
「夜のピクニック」を鑑賞して参りました。
原作は私が贔屓にしている恩田陸先生。
恩田先生の作品を映像にするのは高難易度の作業だと思います。
何しろ登場人物が考える考える。
思索を巡らし回想し夢想し、ネタも様々な分野が飛び交う。
その一つ一つは脇道でも全体で統一された雰囲気を出しています。
それが映画ではアニメや資料映像などあの手この手で表現されます。
あるシーンではこりゃ「プラトーン」だな、次には「地獄の黙示録」。
普通の純青春映画を見るつもりでいると意表をつかれますが、
恩田作品の表現としてはこれもありかと思います。
何しろ思考と言うものは案外脈絡がないもので、
湖底からふと湧き上がってくる泡のようなものや、
川沿いの霧のようにいつの間にか発生したり
突然雷光のように閃いたりするものがほとんどです。
頭の中を常に映像化するモニタがあったらこんな感じになるのでは。
さてさて、舞台となる歩行祭は現実にやるとなると大変だろうと
思いきや茨城の現実の高校で行われている行事だそうです。
となると高校生ほどの体力はないけれど歩いてみたいものです。
しかし、一人で歩いても仕方がない、仲間がいないと。
仲間と一緒に歩く。ありがちな発想ですが人生を思わせます。
路肩に座り「あっちが過去で、こっちが未来」と言うシーン。
皆でゴールした門の上にはさり気ない「START」の文字。
途中で何人もの人とすれ違い、追い抜き追い越され、
一時分かれた友人とまた再会し、歩く。
車や飛行機でなければ分からない景色もありますが、
歩かなければ分からない景色もあります。
目で見る景色だけではなく、考えることによる景色の変化もあり
一緒にいる人間でも変わる。つまり経験や印象となっていきます。
歩くことがただの移動手段になっている自分としては、
歩くことの意味や効果を考えさせられたのでした。
そして明日も道を歩く。

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