続タケシズ ― 2005年11月13日 16時46分02秒
もうちょい「TAKESHIS’」をひっぱりましょうかね。
昨日は映画の内容から外れた話になりましたので。
映画スタービートたけしとコンビニ店員北野武が出会って、
どちらかというと「北野武」寄りにドラマは展開。
武の現実にたけしの虚構が時系列を乱しながら入り込むという構成。
で、時系列を乱した映画は「メメント」や「21g」などがあったわけで、
新しい手法でもないのですが、これらの作品は乱し方に規則性があって、
ラストで綺麗に繋がって「そうか!」と分かるようになっているのに、
「TAKESHIS’」の場合、乱し方が不規則になっているので、
最後まで見ても繋がりが読めず、「分からん」となります。
スライド式パズルとジグゾーパズルの違いといいましょうか。
「TAKESHIS’」はピース数すら意図的に揃えていない気がします。
「疲れる」という感想はこのような構成を筋が通るように
無理やりつなぎ合わせようとするために生じるのだと思います。
ただ、見たままを受け止めれば良いという見方ならば違ってくるのではないでしょうか。それでも「分からない」ので困るのですが(笑)。
でも北野映画には共通して「感覚で見てくれ」みたいなところがあるので、
今回はその部分だけを抽出したものなのではないでしょうか。
既存の北野世界の贅肉を削ぎ落とした、一種の破壊かもしれません。
ならば破壊の後には当然創造があるわけでして。
今回いよいよ欧州のアート映画のようになり、これから楽しみです。
あと、観ようとする人は今までの北野映画を多く見ていると得するかもしれませんね。「おや、これは」と思う場面がいっぱい出てきますから。
私はいつのまにか11本のうち9本見ていました。
そんで、テーマは?というとそれを探すのがまた「疲れる」わけで(笑)。
これまでのように「死」や「狂気」「妄想」などキーワードはあるのですが、
それがパーツとしてあるだけで収束しません。
で、映画人なら誰にでもある「現実と虚構の境目」ではないのかと
思うのですけど・・・いやいや、やっぱり意味なんてなくて
批評家を挑発してるんですって(笑)。
そんなことをまだまだ考えられる、やっぱり面白い映画だと思うのでした。
明日はいよいよ7時間決戦よ~。
昨日は映画の内容から外れた話になりましたので。
映画スタービートたけしとコンビニ店員北野武が出会って、
どちらかというと「北野武」寄りにドラマは展開。
武の現実にたけしの虚構が時系列を乱しながら入り込むという構成。
で、時系列を乱した映画は「メメント」や「21g」などがあったわけで、
新しい手法でもないのですが、これらの作品は乱し方に規則性があって、
ラストで綺麗に繋がって「そうか!」と分かるようになっているのに、
「TAKESHIS’」の場合、乱し方が不規則になっているので、
最後まで見ても繋がりが読めず、「分からん」となります。
スライド式パズルとジグゾーパズルの違いといいましょうか。
「TAKESHIS’」はピース数すら意図的に揃えていない気がします。
「疲れる」という感想はこのような構成を筋が通るように
無理やりつなぎ合わせようとするために生じるのだと思います。
ただ、見たままを受け止めれば良いという見方ならば違ってくるのではないでしょうか。それでも「分からない」ので困るのですが(笑)。
でも北野映画には共通して「感覚で見てくれ」みたいなところがあるので、
今回はその部分だけを抽出したものなのではないでしょうか。
既存の北野世界の贅肉を削ぎ落とした、一種の破壊かもしれません。
ならば破壊の後には当然創造があるわけでして。
今回いよいよ欧州のアート映画のようになり、これから楽しみです。
あと、観ようとする人は今までの北野映画を多く見ていると得するかもしれませんね。「おや、これは」と思う場面がいっぱい出てきますから。
私はいつのまにか11本のうち9本見ていました。
そんで、テーマは?というとそれを探すのがまた「疲れる」わけで(笑)。
これまでのように「死」や「狂気」「妄想」などキーワードはあるのですが、
それがパーツとしてあるだけで収束しません。
で、映画人なら誰にでもある「現実と虚構の境目」ではないのかと
思うのですけど・・・いやいや、やっぱり意味なんてなくて
批評家を挑発してるんですって(笑)。
そんなことをまだまだ考えられる、やっぱり面白い映画だと思うのでした。
明日はいよいよ7時間決戦よ~。

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