理屈を超えて揺さぶるもの ~ウォーロード/男たちの誓い2009年05月13日 23時55分05秒

ジェット・リーアンディ・ラウ金城武が義兄弟を演じる
ピーター・チャン監督作、 「ウォーロード/男たちの誓い」についてのこと。


ラブストーリーに特化していたわけではありませんが、
ピーター・チャン監督は「君さえいれば/金枝玉葉」
「ラヴソング」「ウィンター・ソング」など、
恋愛映画で評価をされてきた監督です。
香港映画界はジャンルに拘らずに何でもこなさなければ
一流とはいえないと聞きますが、
やはり人間ドラマに重心を置いてきたクリエイターが
アクションや戦争ドラマめいたものを監督すると、
何かが収まりが悪い感が否めないことがあります。

チャン・イーモウの「HERO 英雄」しかり、
マーク・フォースターの「007 慰めの報酬 」など。
闘いに深みを持たせるのは人物の描写といえど、
畑の違いを超えてビジュアルとドラマを
ピッタリとドッキングさせることは容易ではありません。


「ウォーロード」は太平天国の乱に揺れる清朝末期の
両江総督・馬新胎の謎の暗殺事件に基づき、
真相を馬新胎と義兄弟との軋轢とした民間伝承史に着想を得、
1973年の「ブラッド・ブラザース/刺馬」を
ピーターとアンディによりリメイク・再構築したとされます。

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清朝軍のパン将軍は太平軍に大敗し自分ひとりだけ生き延びる。
失意の中、街へ辿りついた彼は盗賊のアレクとウーヤンと出会う。
当初は相容れなかった三人だが、
官軍がアレク達に屈辱を与えたことから官軍に入隊し、
俸禄で家族や仲間たちを守ろうと決意、
パン、アレク、ウーヤンは義兄弟の契りを結び、
生死を共にし、苦難を越え、仲間を傷つける者には死を、
と投名状に誓い、軍勢を率いて太平軍討伐へ向かう。
しかし、向かう先は一つだが、彼らの根底の信念には
その先大きく彼らを苦しめる思想の違いがあったのだった。

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大作とは言えアクションを重視した戦争物ではなく、
パン(ジェット)、アレク(アンディ)、ウーヤン(金城)、
三人の義兄弟の引き裂かれる葛藤に比重をおき、
ピーター・チャンの得意分野と未開拓分野を
上手く融合させていると思います。

パンは現実から理想に向かい、アレクは理想を現実に持ち込む。
共通点は三兄弟それぞれに、周りを飲み込み触発するほどの、
強大な感情の渦が迸り、オーラとなっていること。
ここで、誰かが白で誰かが黒になってはなりません。
誰の葛藤も痛いほどに良く分かるという了解がなければ、
このドラマは崩壊していくのですから。

白黒つかないものの中で最大のものである恋愛を絶妙に手掛けた
ピーターは男同士の危ういバランスで成り立つ関係に、
3者の中で揺れるアレクの妻・リィエンを打ち込む。
それは表面化はしないものの、ドラマを地下水のように浸食します。


映画の脚本は"感情"という得体の知れないものを、
筋という理詰めで観客を説得あるいは誘導しますが、
人間の感情は掴みきれるものではない以上、穴は塞ぎきれない。
その穴を埋め尽くし、観客を理屈で納得させるのではなく、
体感させ揺さぶりをかけるのが演者の演技であり監督の演出です。

平和の世を作るためには味方の蛮行より先んじて進撃し、
大局を見据え敢えて悪鬼にもなる覚悟を持ったパン。
自分より他者を思いやる心こそが皆の力となり、
強い信頼関係を築かなければならないと信じるアレク。

パンとて、非情になりきるわけではありません。
闘い終わるまでその心の奥深くに情けを封じ込め、
修羅となる鋼の意志を表面に出し内面には葛藤が渦巻く様を、
ジェット・リーが一見過剰に見える演技で、
しかし、この男はその必要以上の過剰さで周囲を呑み込み、
自分を押さえ込んでいるのだと感じさせます。

それは、人情と現実の間で揺れる感情を表面化させる、
わかりやすい葛藤のアレクよりも実は果てなく深いはず。

そして、一見、兄の決定に絶対の服従を示している、
ウーヤンでさえも兄の背中を追い踏みしめた屍を横目に、
きっと理想世界があるのだと自分に言い聞かせているのだと、
信じられなくなりそうな想いを振り払い必死についていく。

食糧不足のために蘇州城の無抵抗な民を虐殺する場面で、
それがはっきりと露出し、義兄弟の糸を断ち、
以降は転げるように、バラバラに絆を引き裂いていきます。
安易に男泣きするのではなく、まず感情を兵士達が露出した後、
振るい様の無い拳と煮え滾る熱を僅かに除かせる、
ジェット、アンディ、金城の演技の拮抗が凄い。

実のところ、ウーヤンがリィエンを殺す件などは、
なぜ、そこへ至ってしまうのかと理屈では疑問も拭えませんが
物語の語り部も担い、解れた糸を必死に結び直そうとする
ウーヤンを金城の最大級の直向さが手伝って押し切ります。

穴はありますが、穴を軽く飛び越える魅力を作品は持っています。
義理、人情、任侠、絆、誓い、裏切り・・・。
それらの理由は常に理屈では説明できない次元にあり、
時には理解できないのも無理からぬこともあります。
しかし、分からないことがむしろ脳裏にこびり付くこともあります。

こびりついたものを抱えながら人生を生き経験の果てに、
いつか少し実感を伴ってそれが感じられるかもしれない。
「ウォーロード」がやけに印象深いのは、
スターが揃ったことでも大作的スケールでもありません。
その、やけにこびり付きヒリヒリする何かを男達が残すからです。


どの立場に立つのであれ、強い信念、熱い思いがなければ
行動にも、そして言葉にも力が無く、誰も動かせない。
斜に構えて笑っているだけでは、人の共感も信頼も得られない。
この映画の清朝の三大臣などのように。
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