大局と希望 ~心の旅路2009年04月28日 23時48分58秒

今朝の「とくダネ!」で、林志玲(リン・チーリン)への
インタビューが行われていました。

彼女は現在公開中の「レッドクリフ」に、
絶世の美女として描かれる周瑜の妻・小喬を演じています。
台湾出身の元モデルさんで、映画の中での
芯の強い凛とした姿勢が女性客に人気らしい。
映画での扱いも周瑜のおまけではなく、
金城武、トニー・レオンと並ぶ立派なヒロインです。

「レッドクリフ」に出演してると言えば私は
孫権の異母妹・孫尚香を演じている
ヴィッキー・チャオのファンですが、
それでもなるほど確かに。

インタビュアーはメインキャスターの中野美奈子でしたが、
彼女は29歳、林志玲は34歳でともに未婚。
結婚はいつ?の話題になったときの回答が印象的だった。


「別に何歳だからという理由で結婚したくはありません。
良い相手とならば婚期が遅くなろうとも幸せだと思います。」


林志玲の日本語はややチャン・ツイィーっぽい
たどたどしさはあるものの、考えは極めて大人です。

もちろんスターならではの余裕でもあるでしょうが、
一つの確かな真理でありましょう。
私も30歳で周りの人間にも29歳とか28歳とかで、
私も含めて未婚者が大勢いますが、年齢による焦りは禁物です。
もう29歳で後がない、と思っていても
30歳から先は全然終わりではないし、
むしろ28歳や29歳の時に勇み足を踏まないでいて
良かったとさえ思う程に開けた視野で考えられるものです。

どうしたって衝突や困難がいつかは巡り来るというのが
私の哲学ですが、焦りの欠片でもある状態で決断し、
後にその時を迎え「あの時、焦ってなければ・・・」
などと考えるのが目に見えるのは馬鹿らしい。
それはむしろ相手のいる人ほど慎重に、です。

何かと保守的や安定志向と妥協傾向がある人達は、
彼女のものの見方まで見習っていただきたいものです。
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さて、クラシック映画「心の旅路」は
真の幸せまでの十数年間の長い長い道のりを描く。

時代は1918年イギリス。
記憶を失い精神病院に収容された病兵スミスが脱走する。

最近の映画では記憶を失うほど悲惨な戦争の惨劇や、
精神病院での患者の人権無視の実態などを
抉り出そうとするのでしょうが、
この映画はそんなところはさっさと流します。

ただし、やはり精神病院は戻りたくないところとして登場し、
町で会った踊り子のポーラはスミスを匿い、田舎で暮らし始める。
記憶は戻らなかったが、二人は結婚して子供もできる。
そこからがこの物語の歯車が数奇な運命として動き始める。

寄稿している新聞社へ出向くために町へ出たスミスは、
そこで交通事故に遭い、なんと記憶が蘇る。
彼の本当の名はチャールズ・レイナー、
名家の跡継ぎであり、家に帰った彼は実業家となる。
しかし、彼は代わりにポーラと過ごした記憶を失ったのである。

記憶喪失中の空白の3年間に時折思いにふけりつつも、
チャールズは新しい人生を歩もうとし、
彼を慕う若い姪・キティと結婚をしようとする。
その告白を胸の締め付けられる思いで聞いていた女性がいた。
チャールズの有能な秘書マーガレット、彼女こそ
失踪したスミスが記憶を取り戻したレイナーであると突き止め、
彼の傍に行くために猛勉強を重ねたポーラであった。

踊り子から秘書への跳躍は並大抵の努力ではなかったでしょう。
その間に子供までも亡くし、彼に極めて近い場所に辿り着き、
秘書としての全幅の信頼を得ても、彼の愛だけは得られない。
空白の3年間を自分の口から告げるのは簡単だが、
それは今のささやかな幸せを崩壊させ、
二度とその手に掴むことはできなくなるかもしれない。
そんな中で聞く、チャールズからの結婚宣言。
その胸にどれほど冷たい風が駆け巡ることでありましょうか。


しかし、二人の行方を邪魔するかに見えたキティは、
結婚式にかける賛美歌を決めるとき、
ある曲を聴いたときのチャールズの心のうちを感じ取り、
潔く身を引くことにするのです。
「あなたの目に映っているのは私ではない」と。
その曲こそ、かつてポーラとともに聞いた想い出の曲。
正体の分からない相手のために身を引く勇気も凄い。

もう一人、目立ちませんが健気な人物がいる。
ポーラの正体を知り、彼女を秘書に推し陰ながら支える男。
彼はポーラに好意を抱きながらも、彼女がチャールズ、
いやスミスを思う気持ちに、自分の入り込む隙間は無いと悟り、
彼女の幸せを応援する道を選びます。
でも"もしかしたら?"という儚い期待を抱きながら。

この二人の存在はこの映画に大きな影響を及ぼしています。
その奥ゆかしさが、ポーラとスミスの強い運命を感じさせます。


二人の男女が身を引いてもポーラとスミスの糸は交わらない。
教会の音楽、ホテルに預けられたトランク、どれもが、
記憶を取り戻すには至らず、10年以上の月日が流れる。
その間、国会議員にまでなったスミスはポーラに
"公式な場での相手"になって欲しいと頼む。
一縷の望みを託しポーラはそれを受けるが、それは正に、
そこに愛がなければ・・・何も意味がないという関係であり、
ポーラ自身をより傷つけていくことになる。


どうやって記憶を取り戻すかは作品を鑑賞して欲しいのですが、
ラストのポーラの頬を伝い落ちる涙に、
どれほどの喜びが溢れていることか。
そしてスミスが肌身離さず持ち続けていた、"かつての家"の鍵。
その鍵が、記憶の扉と二人の未来を開ける鍵となる感動。

何年かかろうとも、遠く離れようとも・・・。
希望を抱かせてくれる、よき物語です。


今では「記憶喪失」「長い年月に及ぶ愛」と言えば、
韓国ドラマ・映画の十八番になってしまった感がありますが、
良いものはありますが、激情的過ぎて食傷することが多い。

昔、淀川長治さんが
「お茶はぬるめに淹れる気遣いをわすれずに。
映画もお客さんをやけどさせてはいけません」
と語っていたそうですが、「心の旅路」はまさに、
肌の表面がびりびりくるような感情の奔流ではなく、
心の中からじんわりあったまって溢れてくる温かさなのです。
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