時を超えて巡り逢う 「タイムソルジャー/ 時の侵入者」 ― 2010年12月10日 23時12分37秒
結局、VHS観賞のシリーズ題名はつけないことにしてしまいますか。
後でまたつけるかもしれませんが、当面はカテゴリ分類することにします。
後でまたつけるかもしれませんが、当面はカテゴリ分類することにします。
さて、今日ご紹介するVHS作品は日本未公開作品。
未公開映画祭やら未公開作品やら、最近そんな方向にばかり。
未公開映画祭やら未公開作品やら、最近そんな方向にばかり。
今回の作品はちゃんとしたものだと思いますし僕は好きです。
というより、前回までが敢えて地雷を踏みに行ったに過ぎませんが。
というより、前回までが敢えて地雷を踏みに行ったに過ぎませんが。
そんなわけで。
「タイムソルジャー/時の侵入者」のご紹介。
■1986年 アメリカ映画 96分
「タイムソルジャー/時の侵入者」のご紹介。
■1986年 アメリカ映画 96分

<物語>
1986年。暴走車による不幸な事故で妻と子供を失った大学教授のジョー。
彼は地元のオークション大会で古びたトランクを手に入れる。
その中に収められた約100年前の銅版写真に写っていた男の手には、
1980年代に製造されたマグナム357が握られていた!
妻子を失って依頼抜け殻だったジョーは想いを紛らわす様に調査を始める。
そこへクロフォードと名乗る謎のブロンド美女が手伝わせて欲しいと現れる。
そこへクロフォードと名乗る謎のブロンド美女が手伝わせて欲しいと現れる。
彼女は1886年の写真に写っていたマグナムの男を追って、
西暦2586年の未来から父の作ったタイムマシンによってやってきたという。
彼女は父の発明を奪い悪用しようと1886年に跳んだ科学者を追ってきた。
その科学者こそ、マグナムの男・コール。
西暦2586年の未来から父の作ったタイムマシンによってやってきたという。
彼女は父の発明を奪い悪用しようと1886年に跳んだ科学者を追ってきた。
その科学者こそ、マグナムの男・コール。
この頃にタイムトラベルといえば、1985年の「バック・トゥ・ザ・フューチャー」。
個性的キャラクターやイカしたマシンが登場する若者向けの作品と比べれば、
「タイムソルジャー」は華々しさは無いもののノスタルジイと色気が漂う。
ジョーを演じるのはどこかで見た顔だと思ったらウィリアム・ディヴェインで、
(ビデオパッケージの表記は、ウィリアム・デバーン)最近では
「24 -TWENTY FOUR-」でオードリー・レインズの父・ヘラー長官を演じた
渋みのある俳優さんで、この映画では知的な面と銃を取る勇ましい面を好演する。
(ビデオパッケージの表記は、ウィリアム・デバーン)最近では
「24 -TWENTY FOUR-」でオードリー・レインズの父・ヘラー長官を演じた
渋みのある俳優さんで、この映画では知的な面と銃を取る勇ましい面を好演する。
クロフォード役はローレン・ハットンという女優さんで
僕は始めて名前を聞きましたがファッション雑誌「ヴォーグ」のモデルで
1970年代には化粧品会社と巨額の契約をした先駆けだったそうな。
40歳半ばのウィリアムの相手で失礼ながらトウがたった感があるものの、
美しさは損なわれず、品のある大人の落ち着きを放っています。
双方ともに上の歯の白さが美しく二人並ぶと非常によろしい。
タイムマシンは野球ボールぐらいの大きさ、ダイヤモンドのような形状で、
淡いピンクがかった透明なボディにデジタル文字で時間が表示される。
行きたい時間を入力し握りしめて時を超える、一人・二人用のタイムマシン。
時間を超えるときには焼け焦げた様なサークルが出来上がります。
なかなか洒落たデザインで、小物のタイムマシンというのは珍しいかな?
このタイムマシンで可能なのは時間の移動のみで、空間の移動はできない様子。
つまり、今立っている場所の100年前に移動するということ。
「ドラえもん」ならばタイムマシンではなくタイムベルトというところ。
つまり、今立っている場所の100年前に移動するということ。
「ドラえもん」ならばタイムマシンではなくタイムベルトというところ。
ジョーはコールの目的は過去でクロフォードの祖先を殺し、
彼女の父が生まれない様に歴史を改変し、技術を独占することだと推理する。
彼女の父が生まれない様に歴史を改変し、技術を独占することだと推理する。
ジョー達は100年前の写真の撮られた場所、周辺の歴史を調べ、
「星の銃を持った男がならず者を倒し青の男を救った」
という伝説のガンマンを讃えたカントリーソングを見つけ出す。
青の男とは当時の重要人物・クリーブランド大統領を指していた。
そして大統領の側近として随行していた人物こそクロフォードの祖先。
大統領と彼女の祖先と星の銃を持った男が出会う瞬間、
それこそがコールが狙う、祖先を暗殺するチャンスが到来する瞬間だった。
その日を割り出したジョーとクロフォードは暗殺を阻止するために時を跳躍、
川の畔で大統領一行が野党の襲撃を受ける場面にたどり着く。
大統領の乗った馬車が動きを止められ、護衛が一人また一人やられていく。
そのとき、白馬で川向こうから駆けてくる男がいた。
彼こそが歌に歌われた伝説の男!と思った次の瞬間、銃声が轟く。
コールのマグナムが男を射抜き、男は絶命してしまう。
そのとき、白馬で川向こうから駆けてくる男がいた。
彼こそが歌に歌われた伝説の男!と思った次の瞬間、銃声が轟く。
コールのマグナムが男を射抜き、男は絶命してしまう。
駆け出すジョー。彼は男が持っていた星の紋章の銃を取り、
大統領と祖先を救うために馬を駆って駆け出す!
実は序盤に銃の腕を披露し西部劇に憧れていたという、
ジョーの肉付けがここにきて鮮やかに生きてくる。
じりじりと相手の出方を伺う間の取り方、太陽を背に受けた呷り。
鮮やかにならず者を倒し、コールとの早撃ち対決まで全くの西部劇です。
1990年の「バック・トゥ・ザ・フューチャー PART3」より早く、
タイムトラベル&西部劇をやっていた!ってもっと早いのがあるかも。
「バック・トゥ~3」はクリント・イーストウッドだからややマカロニ、
対して「タイム~」はアメリカ西部劇への憧憬が漂っている様に思えます。
そしてお分かりだろう。未来からやってきたジョーこそが、
歌に歌われる伝説のガンマン・星の銃を持つ男だったということが。
なお、この狂気に満ちた白髪の強い印象を残す未来からの暗殺者
コールは、あのナターシャ・キンスキーの父であり、
ヘルツォークの盟友であるクラウス・キンスキーが怪演。
時を超えた事件が解決し、ジョーはクロフォードに現代に残らないかと誘う。
しかし、彼女は首を横に振る。それはルール違反になるわと。
助けが必要になったら再び協力することを約束し抱擁する二人。
実にいい。衝動に任せない大人の自制を保った温もりある別離の場面です。
彼女はゆっくり離れ、語りかける。「ルールは破るためにあるの」
握り締めたタイムマシンが輝き、その手を差し出す。
ジョーは目覚めた。妻と子供が車で出かけていく。
そうだ!ここは"あの朝"だ!車を追って駆け出すジョー。
間一髪。それはクロフォードからのかけがえない贈物だった。
アップテンポにはせずに品よくしっとりとした大人のドラマとして丁寧に紡ぎ、
郷愁漂う別れに至るため、妻子を救うラストもご都合ではなく心に染みてくる。
時間旅行はロマンであり、西部劇も本来は大人の憧憬なのだとそっと見せてくれる。
「さようなら、教授」。優しく語り輝きに消えたローレンを僕は忘れることはできない。
私とスパロボ ~心にそびえる鋼鉄の城・出会い篇 ― 2010年12月09日 23時34分53秒
数多くのロボットアニメが1つのゲームの中で共演する作品、
バンプレスト、バンダイナムコゲームスが誇る長寿シリーズ
「スーパーロボット大戦」は来年2011年で20周年を迎えます。
僕が最も好きなゲームというよりも、もはや好きを超えた血肉と言っていい。
好きなゲームシリーズは他にもあるものの、休止期間をおかずに現在まで
付き合い続けているのはこのシリーズだけであります。
バンプレスト、バンダイナムコゲームスが誇る長寿シリーズ
「スーパーロボット大戦」は来年2011年で20周年を迎えます。
僕が最も好きなゲームというよりも、もはや好きを超えた血肉と言っていい。
好きなゲームシリーズは他にもあるものの、休止期間をおかずに現在まで
付き合い続けているのはこのシリーズだけであります。
このシリーズは基本的には、味方軍を操作して敵軍を倒していき、
その戦闘を行うミッションパートと、物語を語るシナリオパートで形成されます。
普通のゲームでは全て設定はゲームオリジナルのものになるところを、
味方軍・敵軍ともに実在のロボットアニメを用いて、つまりは、
ガンダムを操作してザクを倒す、というアニメの世界に倣うことを繰り返す。
そして、物語面もガンダムの話、マジンガーZの話、ゲッターロボの話等々を
巧みに融合させて1つの物語を綴っていき新しい物語を作りあげます。
その戦闘を行うミッションパートと、物語を語るシナリオパートで形成されます。
普通のゲームでは全て設定はゲームオリジナルのものになるところを、
味方軍・敵軍ともに実在のロボットアニメを用いて、つまりは、
ガンダムを操作してザクを倒す、というアニメの世界に倣うことを繰り返す。
そして、物語面もガンダムの話、マジンガーZの話、ゲッターロボの話等々を
巧みに融合させて1つの物語を綴っていき新しい物語を作りあげます。
完全にイコールではないものの、それは能動的に観賞するアニメに対して、
積極的に操作していくゲームの特性を加えることで、
自分が操縦しているとまではいきませんが、追体験する様な特殊な感覚を味わう。
さらに、戦闘時には「空にそびえる鉄の城~♪」と歌うことができる、
主題歌をアレンジしたBGMが使用されることが定番であるため、
人によっては(僕もですが)歌いながらプレイするという、
実に奇妙なな高揚感覚が伴うことは否めません。
そんな魅力にやられてはや幾歳月。
最初に僕が手に取ったのはSFCで発売された「第3次スーパーロボット大戦」。
発売は1993年7月23日となっていますが、僕が買ったのはその年の12月頃。
当時、僕は高校受験を控えた中学の3年生だったでしょうか。
映画にも目覚めていない、漫画とアニメは好きでもオタク世界も知らない、
ただ少しのゲームと絵を描くことと、プラモを作ることが好きな、
ごくごく普通の(当時を知る人からは否定されるでしょうが)少年でした。
発売は1993年7月23日となっていますが、僕が買ったのはその年の12月頃。
当時、僕は高校受験を控えた中学の3年生だったでしょうか。
映画にも目覚めていない、漫画とアニメは好きでもオタク世界も知らない、
ただ少しのゲームと絵を描くことと、プラモを作ることが好きな、
ごくごく普通の(当時を知る人からは否定されるでしょうが)少年でした。
きっかけは当時存在していたゲーム雑誌「電撃スーパーファミコン」で
掲載されていた攻略記事を読んで買いたくなったため。
この雑誌を何故買ったのか、今思い出しました。
当時この雑誌では3号連続別冊付録で裏技本が付いていたはずで、
本来はその付録が目的だったはずでした。
この「電撃」の「第3次」の記事は他の雑誌の記事と違って、
各ロボット、キャラクター、アニメに対する執筆者達の妙な思い入れが篭められ、
文字量が他に比べて半端ではなく独特の雰囲気を醸し出していました。
その中で、子供の頃から頭にこびり付いて離れなかったアニメ
「超電磁ロボ コン・バトラーV」が登場しているという事実は、
購入動機となるきっかけのひとつでありました。
また、同じ号に掲載されていた裏技コーナーでは隠しMAPに触れており、
何やらやたらと超難易度らしいことが書かれており、
真のラスボスというゲームオリジナルのロボット「ネオ・グランゾン」
そのパイロット、シュウ・シラカワという存在とその言葉自体が
力持つ言霊のように僕をひきつけたことは否めません。
そして、MAP紹介を読んでいると「ガンダム」のエピソードが数多く登場する様子。
折りしもこの頃、僕の住んでいる地域ではこの2年前より、
「機動戦士Zガンダム」「機動戦士ガンダムZZ」が再放送され、
終了とともに「機動戦士Vガンダム」の本放送に流れていったという時期で、
僕の中ではガンダムブームが燃えに燃えていた頃でした。
今でこそ、ガンダムなどはほとんどの作品がレンタルショップで手軽に
全て観賞できますが、当時レンタルは劇場版ぐらいのものでTVシリーズは無し。
DVDではなく、VHSの時代で、LDが現役だった頃の話です。
また、現在のガンダムゲームの1つ「Gジェネレーション」シリーズも存在せず、
当時はまだプレイヤー対戦式のゲーム「SDガンダムX」(SFC)などで、
原作のストーリーを追体験するようなものではありませんでした。
(FCの「ニュータイプストーリー」もキャラクターの会話等は皆無。)
そんな、原作を再現したゲームもまだあまり無かった時代。
だから僕は、ガンダム達の、その他ロボットとキャラクター達の
「物語」に再び出会いたかったのかもしれません。

そうして手に取った「第3次スーパーロボット大戦」。
それは驚きと笑いと感動の連続でした。
それは驚きと笑いと感動の連続でした。
まずパッケージからして妙に力が入っている。
というよりも、変なところに"有益な無駄"といえる力が入っています。
映画のポスターやVHSを意識した様なパッケージ。
表面にポスター、背の部分に「劇場未公開作品」という文字、
裏には登場原作として、キャスト表のような一覧。
というよりも、変なところに"有益な無駄"といえる力が入っています。
映画のポスターやVHSを意識した様なパッケージ。
表面にポスター、背の部分に「劇場未公開作品」という文字、
裏には登場原作として、キャスト表のような一覧。


参考までに登場するロボットアニメは・・・
1. 機動戦士ガンダム
2. 機動戦士ガンダム0080 ポケットの中の戦争
3. 機動戦士ガンダム0083 STARDUST MEMORY
4. 機動戦士Ζガンダム
5. 機動戦士ガンダムΖΖ
6. 機動戦士ガンダム 逆襲のシャア
7. 機動戦士ガンダムF91
8. 無敵鋼人ダイターン3
9. マジンガーZ
10.グレートマジンガー
11.UFOロボ グレンダイザー
12.ゲッターロボ
13.ゲッターロボG
14.超電磁ロボ コン・バトラーV
15.勇者ライディーン
16.魔装機神サイバスター
2. 機動戦士ガンダム0080 ポケットの中の戦争
3. 機動戦士ガンダム0083 STARDUST MEMORY
4. 機動戦士Ζガンダム
5. 機動戦士ガンダムΖΖ
6. 機動戦士ガンダム 逆襲のシャア
7. 機動戦士ガンダムF91
8. 無敵鋼人ダイターン3
9. マジンガーZ
10.グレートマジンガー
11.UFOロボ グレンダイザー
12.ゲッターロボ
13.ゲッターロボG
14.超電磁ロボ コン・バトラーV
15.勇者ライディーン
16.魔装機神サイバスター
実にシンプルだと思います。当時、僕にとっては
昔のロボットアニメは"昔あったもの"であり、
再びスポットが当てられるなどとは思っていなかった頃。
これで十分に懐かしいし十分に新鮮でありました。
昔のロボットアニメは"昔あったもの"であり、
再びスポットが当てられるなどとは思っていなかった頃。
これで十分に懐かしいし十分に新鮮でありました。
この頃、システム面はまだ十分に洗練されてはおらず、
1個のユニットに指令を出せずに、全軍一律の指令しか出せない、
敵から攻撃を受けても任意に回避・防御命令を出せない、
武器を強化できない、レベルアップ以外に能力値を強化できないなど、
ゲームバランスはかなり厳しいものでした。
1個のユニットに指令を出せずに、全軍一律の指令しか出せない、
敵から攻撃を受けても任意に回避・防御命令を出せない、
武器を強化できない、レベルアップ以外に能力値を強化できないなど、
ゲームバランスはかなり厳しいものでした。
しかし、それを補ってゲームオリジナルのカッコいいBGM、
よく観ると兵士が飛んでいる等の細部にこだわったグラフィック、
アニメーションと言うには今では程遠いくらいに動きが少なく、
キャラボイスも皆無でも、当時出来うる限りの"頑張っている"演出の数々。
それより先にやらねばならないことがあるだろ?とつっこみつつ、
「"ここまで"やるか」と確かに感じ、十分に笑い、十分に楽しみました。
ジオングを倒すと首だけで復活するところと、
コン・バトラーVの合体シーン、
アナベル・ガトーがアトミックバズーカを放つ場面は忘れられない。
コン・バトラーVの合体シーン、
アナベル・ガトーがアトミックバズーカを放つ場面は忘れられない。
昔の特撮番組・映画等を観ていても、制約の多い現場では
"もうやれない"を、バネにして"もっとやれるぞ"という、
せめぎ愛、もとい、せめぎ合いからアイデアが生まれてきます。
そして情熱が焼き付けられ、得体の知れないものが籠められます。
後のインタビュー記事を読み、この「第3次」が、
売れなければシリーズ最後の作品になるつもりで作ったということを知り、
その土壇場の喰いしばりが快作を生み出したのだと思います。
ゲームとしては難点が多い、しかし魅力は溢れんばかりにある。
そう魅せられて、僕はシリーズを追いかけていくことになったのであります。
「あれは・・・良いものだ」
未公開映画祭(4) 「サーフワイズ ~ユートピアを目指した放浪大家族~」 ― 2010年12月08日 23時29分23秒
だんだん大変なことがわかってきました。
39本の映画を1月の下旬までに観賞しなければなりませんが、
観賞できない日を引いていくとほぼ毎日1本見なければならない。
そして、全てをこのようにブログにUPしていくと、
大体、2月の上旬まではほぼこのネタでひっぱることになります。
さて、そんなのっぴきならぬ事情はさておき、今日もゆくゆく。
あなたは働かなくてもいい生活を目指したことはあるだろうか。
裕福によるものではなく、金銭からは距離をおく考えで。
それを一人ではなく、家族で試みたことはあるだろうか。
今回はそれを実践しようとした実在の大家族の物語。
「サーフワイズ ~ユートピアを目指した放浪大家族~」
原題: Surfwise: The Amazing True Odyssey of Paskowitz Family
■作品紹介
http://www.mikoukai.net/032_surwise.html
監督: ダグ・プレイ
2007年 アメリカ (93min)
ドク・バスコウィッツはスタンフォード大学を卒業した医師でありながら、
1956年のある日、資本主義と決別する放浪の道を選ぶ。
そして彼は生活の場となるキャンピングカーを用意し、
愛する妻とめぐり合い9人の子供をもうけてともに働かずに、
少年の頃からのめり込んでいたサーフィンに日々を費やす。
子供たちにも学校には行くなと教え、自然界の営みを実践する。
動物が実践しているのだから人間もそれに従えば健康体になるはずだと。
子供達にもサーフィンを教え、大会に出場すれば上位を家族で独占した。
バスコウィッツ家はサーフィンの世界では有名になっていった。
一家は人気があり、物質に頼らない生活を追求する父も尊敬を集めていた。
僕はサーフィンのことは全くわかりませんが、現在のバスコウィッツ家は
サーフィンの世界ではトップクラス、キャンプでは上流階級の子供も指導し、
ハリウッドでのサーフィンに関するアドバイザーでも活躍し、
音楽やモデルなど芸能関係でも知られているのだそうでうす。
一見、一般人からは理想的な生活を送っているように見えます。
しかし、子供達が成長し成人に近づく頃、徐々に理想郷に陰が差し始めます。
生活は経済的には豊かではなかったがドクはその向上は求めませんでした。
しかし、子供達は閉じ込められたわけではなかったし、
外部から持ちかけられた接触もあり徐々に外の世界を知り始める。
外で美味いものを食べたら、家のシリアルには戻れない
というように、子供達は資本主義から得られる恩恵に傾いていく。
ちなみに、そのシリアルもスーパーで売っているようなコーンシリアルではなく、
多種類の穀物を混ぜたオリジナルのシリアルらしい。
子供達はそれぞれに離れていき、社会と関わって生きるようになっていく。
あなたが仕事を捨てて自然とともに生きるとすれば、どこに行くだろうか。
幸か不幸か、ドク・バスコウィッツ氏は波を求めて海岸線を旅しました。
そしてサーファーキャンプ運営に着手するようになります。
家族の離別をもって失敗とするならば、もし彼らが自然の中といっても
人里離れた山の中で、砂漠の真ん中で生活をしていたら違っていたと思います。
俗世からの接触が図りづらいところで隔絶されて生きていたら。
彼らが外部に接触しやすく、また、接触され易い環境にいたことは不幸だったと思う。
サーファーキャンプの運営という、世捨て人にはない権利関係の発生が生まれる。
それが第一の失敗。
資本主義と決別し金銭を嫌うという父・ドクの思想は一見すると厳格ですが、
そのような目に触れ声をかけられという微妙な距離にある生活環境においては、
ならば、俗世の誘惑に駆られまいとする鋼鉄の意志を
子供達に植え付けるまでには至りませんでした。
それが第二の失敗。
そして、外の世界に出て行った子供達が資本主義と馴染めるかといえば、
ミュージシャンやサーファーやモデルとしての成功があっても、
契約関係の知識が無いために心無き人々に騙されたりしてしまい、
この社会で生きていく処世術は全く教えられていないことに気づく。
これが第三の失敗。
だからといって、すぐに可哀想とも感じられないのがこの映画の複雑なところ。
不思議な気持ちになる映画です。
家族の、いやドク・バスコウィッツの理念は、失敗なのか成功なのか。
子供達は一旦は距離も心もばらばらになりましたが、
映画の最後では皆が集まり、仲直りを試みていきます。
普通の家族も結婚や就職を機に別々のコミュニティを形成し、徐々に離れていく。
しかし、バスコウィッツ家には他の家族とは明らかに異なる"思想"があり、
父と母と兄弟から離れて暮らすことはその思想からの解放も意味している。
兄弟の中にはその思想に長年苦しめられ翻弄された者もおり、
長男ディヴィッドは恨み節を籠めた歌を披露する。
だからと言って、今でも恨んでいるかと思えば完全にそうとも言い切れない。
四男イジーは言う「理解不能だけど愛してやまない父」。
子供たちは教養と知識の違いに気づくことはなかったとドクは言う。
そこに父と子の微妙な思想の確執がうっすらと覗く。
その父も、自分の世界で完結してしまい他に広める人かできなかった。
この映画は終盤、不思議な色を放っていく。
いままで翻弄されてきた子供達が意識的にか無意識的にか、
父と同じような言葉を語り始める。それが到達すべき次元であるように。
家族とはそういうものだといえば実に単純だけども、しかし、
翻弄され解放され新しい世界を見て、初めて分かることもある。
人間が物事を理解するには多くの場合、"そうではないもの"との比較においてです。
父は若い頃に生きた医師の世界よりも放浪の世界を選択した、
子供たちは最初から放浪の世界に生まれそこから離れることで、
放浪に生きた世界を再度見つめることができたのではないか。
子供達には今ようやく見え始めたのではないでしょうか。
↓ダグ・プレイ監督作品
39本の映画を1月の下旬までに観賞しなければなりませんが、
観賞できない日を引いていくとほぼ毎日1本見なければならない。
そして、全てをこのようにブログにUPしていくと、
大体、2月の上旬まではほぼこのネタでひっぱることになります。
さて、そんなのっぴきならぬ事情はさておき、今日もゆくゆく。
あなたは働かなくてもいい生活を目指したことはあるだろうか。
裕福によるものではなく、金銭からは距離をおく考えで。
それを一人ではなく、家族で試みたことはあるだろうか。
今回はそれを実践しようとした実在の大家族の物語。
「サーフワイズ ~ユートピアを目指した放浪大家族~」
原題: Surfwise: The Amazing True Odyssey of Paskowitz Family
■作品紹介
http://www.mikoukai.net/032_surwise.html
監督: ダグ・プレイ
2007年 アメリカ (93min)
ドク・バスコウィッツはスタンフォード大学を卒業した医師でありながら、
1956年のある日、資本主義と決別する放浪の道を選ぶ。
そして彼は生活の場となるキャンピングカーを用意し、
愛する妻とめぐり合い9人の子供をもうけてともに働かずに、
少年の頃からのめり込んでいたサーフィンに日々を費やす。
子供たちにも学校には行くなと教え、自然界の営みを実践する。
動物が実践しているのだから人間もそれに従えば健康体になるはずだと。
子供達にもサーフィンを教え、大会に出場すれば上位を家族で独占した。
バスコウィッツ家はサーフィンの世界では有名になっていった。
一家は人気があり、物質に頼らない生活を追求する父も尊敬を集めていた。
僕はサーフィンのことは全くわかりませんが、現在のバスコウィッツ家は
サーフィンの世界ではトップクラス、キャンプでは上流階級の子供も指導し、
ハリウッドでのサーフィンに関するアドバイザーでも活躍し、
音楽やモデルなど芸能関係でも知られているのだそうでうす。
一見、一般人からは理想的な生活を送っているように見えます。
しかし、子供達が成長し成人に近づく頃、徐々に理想郷に陰が差し始めます。
生活は経済的には豊かではなかったがドクはその向上は求めませんでした。
しかし、子供達は閉じ込められたわけではなかったし、
外部から持ちかけられた接触もあり徐々に外の世界を知り始める。
外で美味いものを食べたら、家のシリアルには戻れない
というように、子供達は資本主義から得られる恩恵に傾いていく。
ちなみに、そのシリアルもスーパーで売っているようなコーンシリアルではなく、
多種類の穀物を混ぜたオリジナルのシリアルらしい。
子供達はそれぞれに離れていき、社会と関わって生きるようになっていく。
あなたが仕事を捨てて自然とともに生きるとすれば、どこに行くだろうか。
幸か不幸か、ドク・バスコウィッツ氏は波を求めて海岸線を旅しました。
そしてサーファーキャンプ運営に着手するようになります。
家族の離別をもって失敗とするならば、もし彼らが自然の中といっても
人里離れた山の中で、砂漠の真ん中で生活をしていたら違っていたと思います。
俗世からの接触が図りづらいところで隔絶されて生きていたら。
彼らが外部に接触しやすく、また、接触され易い環境にいたことは不幸だったと思う。
サーファーキャンプの運営という、世捨て人にはない権利関係の発生が生まれる。
それが第一の失敗。
資本主義と決別し金銭を嫌うという父・ドクの思想は一見すると厳格ですが、
そのような目に触れ声をかけられという微妙な距離にある生活環境においては、
ならば、俗世の誘惑に駆られまいとする鋼鉄の意志を
子供達に植え付けるまでには至りませんでした。
それが第二の失敗。
そして、外の世界に出て行った子供達が資本主義と馴染めるかといえば、
ミュージシャンやサーファーやモデルとしての成功があっても、
契約関係の知識が無いために心無き人々に騙されたりしてしまい、
この社会で生きていく処世術は全く教えられていないことに気づく。
これが第三の失敗。
だからといって、すぐに可哀想とも感じられないのがこの映画の複雑なところ。
不思議な気持ちになる映画です。
家族の、いやドク・バスコウィッツの理念は、失敗なのか成功なのか。
子供達は一旦は距離も心もばらばらになりましたが、
映画の最後では皆が集まり、仲直りを試みていきます。
普通の家族も結婚や就職を機に別々のコミュニティを形成し、徐々に離れていく。
しかし、バスコウィッツ家には他の家族とは明らかに異なる"思想"があり、
父と母と兄弟から離れて暮らすことはその思想からの解放も意味している。
兄弟の中にはその思想に長年苦しめられ翻弄された者もおり、
長男ディヴィッドは恨み節を籠めた歌を披露する。
だからと言って、今でも恨んでいるかと思えば完全にそうとも言い切れない。
四男イジーは言う「理解不能だけど愛してやまない父」。
子供たちは教養と知識の違いに気づくことはなかったとドクは言う。
そこに父と子の微妙な思想の確執がうっすらと覗く。
その父も、自分の世界で完結してしまい他に広める人かできなかった。
この映画は終盤、不思議な色を放っていく。
いままで翻弄されてきた子供達が意識的にか無意識的にか、
父と同じような言葉を語り始める。それが到達すべき次元であるように。
家族とはそういうものだといえば実に単純だけども、しかし、
翻弄され解放され新しい世界を見て、初めて分かることもある。
人間が物事を理解するには多くの場合、"そうではないもの"との比較においてです。
父は若い頃に生きた医師の世界よりも放浪の世界を選択した、
子供たちは最初から放浪の世界に生まれそこから離れることで、
放浪に生きた世界を再度見つめることができたのではないか。
子供達には今ようやく見え始めたのではないでしょうか。
↓ダグ・プレイ監督作品
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