沼のように深く深い人 ~インスタント沼2009年07月21日 23時53分00秒

麻生久美子主演、三木聡監督最新作
インスタント沼」についてのこと。


麻生久美子という女優が最近つかみどころがありません。
一作一作ごとに違う側面を見せる、
どれほど化けられるのだ?と不思議に思います。

私が彼女の名前と顔を一致させた最初の作品は
2003年の窪塚洋介・佐藤浩市主演の「魔界転生」ですが、
この時はまあまあ綺麗な女優さんね、というだけの印象。

その後、映画の話題作の出演は多いものの、
「ゼブラーマン」「CASSHERN」「真夜中の弥次さん喜多さん」
「THE 有頂天ホテル」「どろろ」いづれも脇とはいえ、
どこに出ていたのかさっぱり覚えていない。

それが昨年あたりから急に私の見える範囲で
カメレオン的演技を披露し始めました。
たみおのしあわせ」における、
オダギリジョーと原田芳雄の仲良き独身親子の間に、
オダギリの結婚相手として入りながらも無意識の艶かしさで、
ざわざわした無垢な違和感を醸し出していき。

純喫茶磯辺」ではもっとはっきりと、
"かわいいフリしてあの子もきっとやるもんだね"な、
喫茶のバカマスター・宮迫博之を舞い上がらせる狡猾なバイトで、
娘役の仲里依紗から"うぜーんだよ!"と激怒され、
こちらも"うんうん、その通り"と演技上ではなく、
生理的に妙に納得させられてしまう演技を見せ。

ウルトラミラクルラブストーリー」では
子供そのものの松山ケンイチと幼稚園児達に振り回されながらも
しっかりコントロールもするまさに子供達のセンセイ役にして、
子供が本能で好きになる柔らかく微笑ましいお姉さんになりきり。

鑑賞してはいませんが、岡田准一と共演した「お・と・な・り
などにおいても全く違う顔を見せてくれるのではなかろうか。


今回は人生ジリ貧と自称する出版社のOLにして、
担当雑誌が廃刊、カッとなって会社を退社、
母親が事故で倒れて意識不明で入院、
恋人はいるが海外に出て行ったきりの状態の、
人生がじっくりと沈み行く女・沈丁花ハナメを演じる。

ハナメの父親は全く知らない男"ノブロウ"であるとの
衝撃の事実を突きつけられ、彼に会いに行くと、
オンボロの骨董屋で胡散臭い商売をするノブロウと、
パンクロッカーの賀須(ガス)と出会いが待っており、
ずれた思考回路の彼等に振り回されるうち、
元気を取り戻していくというのが大筋。
(ノブロウのインチキ臭さは風間杜夫が演じるので、
同じく風間杜夫が演じた、滝田洋二郎監督作
熱帯楽園倶楽部」のケチな詐欺師役を彷彿させます。
落込んだ若い女性をそれで元気にさせていくのも同じ。)


とにかく、今回の麻生久美子がかわいい。その一言に尽きます。
嬉しいとき楽しいときには、思いっきり甲高い声をあげて
両手を空にかざして体中で喜びを表現する。
悔しいときには嘘泣きと思えるほどの泣きっぷりで
本当に悔しそうに鼻水垂れそうに泣く。
バク転で飛び回ったり、土の上に転げ回ったり、
笑ったり泣いたり怒ったり、とにかくコロコロ変わる。

コメディだから表現豊かにもなろうけれども、
その一つ一つに心からの体温を感じさせ、
活き活きとしているときも、むくれてるときも、
「あにょひがしじゅむまででいいかりゃあ」
(「あの陽が沈むまでで良いから」)
とぐじゅぐじゅになりながらベソかくときも、
温かい心で包みたくなる様な気持ちがこみ上げてきます。


彼女の容姿の造形は綺麗ですが、
芸能界で言ったら特別に特徴あるものでもありません。
しかしまったく、その演技の振れ幅といったら恐ろしい。
むしろ、麻生久美子の武器はその特徴の薄さにあり、
素の彼女は「パーマン」のコピーロボットの様な素体で、
作品の監督がその鼻をポチっと押すことで、
監督の望むような女優として変身するのではないかと、
そんな妄想さえ浮んでしまうほどに凄い。

あるいは、窪塚洋介が昔、インタビューで答えていた、
「自分がどんな振れ幅にも対応できるように、
素の自分はゼロの状態にチューニングしておく様に心がける」
という哲学を彼女も実践しているのではないか?

今、かなり気になる女優さんでございます。

三木聡監督の笑いも「転々」よりも進化している様に感じます。
初期はただユルイムードだけが先行してましたが、
今、良い塩梅に伏線のセンスと哲学がブレンドされ始めています。
それが進みすぎると説教臭くなるので難しいのですが、
今のところの三木監督の最高作だと思いますし、
コントを繋ぐだけ笑うだけ(むしろ引く)で終わることがある
堤幸彦、宮藤官九郎、石井克人などの
笑いのセンスと違うところです。
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