当たり前のかわいさ ― 2008年07月08日 23時04分06秒
今年のアメリカアカデミー賞最優秀脚本賞受賞
「JUNO」の話。
望まぬ妊娠をしてしまった16歳の少女ジュノ。
相手は別に恋人でもなかった友達のポーリー。
当初、中絶手術を受けようとした彼女だったが、
中絶反対派の少女に「赤ん坊が怯え、ツメも生えている」
という説得により思いとどまり、出産を決意。
ただし、母となり家庭を築くのではなく養子に出すことにする。
両親と親友に打明け、養子縁組を望む夫婦を見つけ、
ジュノの出産までの奮闘が始まる。
16歳の妊娠というテーマを扱いながらも明るく、
それでいて過度にハートウォーミング過ぎない、
スーパーウーマンでも悲劇のヒロインでもない、
若さゆえの世間知らずも少々ありながらも、
実に前向きでユーモアに長けた少女が主人公です。
女子高生から巻き起こったJUNO旋風、
等とキャッチコピーは歌うけれども、
女性の視点から妊娠を扱っているものの、
(脚本家のディアブロ・コディも新人女性脚本家)
女性映画特有の女性的香りにはそれほど支配されていません。
サバサバした性格、回転の速いトークとジョークのセンス
ロックとスプラッタ映画をこよなく愛す嗜好は、
男からも親しみやすいのではないでしょうか。
ジュノの家庭は実父、継母、義妹という少々複雑な家庭。
これにイマドキの少女・親友のリア、子供の父親となるポーリー、
養子縁組先のマークとヴァネッサ夫婦が主たるメンバー。
離婚や不妊等の悩みや痛みを抱えながらも、
これらの人々が生まれ来る赤ちゃんを心待ちにしている、
それだけでもう何もいらないとも思います。
例えば頭の固い教育委員会との戦いや、
中絶に反対する講堂でのジュノの大演説、
等という大風呂敷を一切広げなかったのがかえって良い。
やろうと思えばできるほど行動力のある女の子なのに。
新聞をコピーしたような心無い偏見を述べる人間に、
娘と赤ん坊の尊厳を守るようにガツンとかます継母ブレン。
自分で生めたらどんなにいいかと寂しさを隠しながら
ジュノのお腹の鼓動を聞くヴァネッサ。
二人の関係が長くようにするにはどうすればいいか?
というジュノの質問に自分の過去の失敗を皺に刻み
話をする実父マック(実にいい父親!)。
全てが強く、温かく、ときに聡明であります。
安易な妊娠・中絶・出産は重い社会問題であります。
ですが、生まれ来る赤ん坊は皆、かわいいはずで、
この映画の場合は養子という決着ですが、
何かしらの選択で良い人とめぐり合い、
そして人生を共に進みだすことが幸せである、
それは当たり前にそう思われるべきではないでしょうか。
さて、これは養子縁組や中絶反対・容認ともに開かれた社会の話。
今年は少女の望まぬ妊娠という物語の映画が
もう一本公開されています。
次回は「4ヶ月、3週と、2日」の話を。
「JUNO」の話。
望まぬ妊娠をしてしまった16歳の少女ジュノ。
相手は別に恋人でもなかった友達のポーリー。
当初、中絶手術を受けようとした彼女だったが、
中絶反対派の少女に「赤ん坊が怯え、ツメも生えている」
という説得により思いとどまり、出産を決意。
ただし、母となり家庭を築くのではなく養子に出すことにする。
両親と親友に打明け、養子縁組を望む夫婦を見つけ、
ジュノの出産までの奮闘が始まる。
16歳の妊娠というテーマを扱いながらも明るく、
それでいて過度にハートウォーミング過ぎない、
スーパーウーマンでも悲劇のヒロインでもない、
若さゆえの世間知らずも少々ありながらも、
実に前向きでユーモアに長けた少女が主人公です。
女子高生から巻き起こったJUNO旋風、
等とキャッチコピーは歌うけれども、
女性の視点から妊娠を扱っているものの、
(脚本家のディアブロ・コディも新人女性脚本家)
女性映画特有の女性的香りにはそれほど支配されていません。
サバサバした性格、回転の速いトークとジョークのセンス
ロックとスプラッタ映画をこよなく愛す嗜好は、
男からも親しみやすいのではないでしょうか。
ジュノの家庭は実父、継母、義妹という少々複雑な家庭。
これにイマドキの少女・親友のリア、子供の父親となるポーリー、
養子縁組先のマークとヴァネッサ夫婦が主たるメンバー。
離婚や不妊等の悩みや痛みを抱えながらも、
これらの人々が生まれ来る赤ちゃんを心待ちにしている、
それだけでもう何もいらないとも思います。
例えば頭の固い教育委員会との戦いや、
中絶に反対する講堂でのジュノの大演説、
等という大風呂敷を一切広げなかったのがかえって良い。
やろうと思えばできるほど行動力のある女の子なのに。
新聞をコピーしたような心無い偏見を述べる人間に、
娘と赤ん坊の尊厳を守るようにガツンとかます継母ブレン。
自分で生めたらどんなにいいかと寂しさを隠しながら
ジュノのお腹の鼓動を聞くヴァネッサ。
二人の関係が長くようにするにはどうすればいいか?
というジュノの質問に自分の過去の失敗を皺に刻み
話をする実父マック(実にいい父親!)。
全てが強く、温かく、ときに聡明であります。
安易な妊娠・中絶・出産は重い社会問題であります。
ですが、生まれ来る赤ん坊は皆、かわいいはずで、
この映画の場合は養子という決着ですが、
何かしらの選択で良い人とめぐり合い、
そして人生を共に進みだすことが幸せである、
それは当たり前にそう思われるべきではないでしょうか。
さて、これは養子縁組や中絶反対・容認ともに開かれた社会の話。
今年は少女の望まぬ妊娠という物語の映画が
もう一本公開されています。
次回は「4ヶ月、3週と、2日」の話を。
星の眠り ― 2008年07月17日 21時58分07秒
予告をしてから随分間があったのは、
あの後、私のお祖父さんが亡くなったからです。
これで私は父方、母方、どちらもお祖父さんお祖母さん
と呼べる人を亡くしてしまいました。
享年は97歳。明治生まれで、それはそれは長生きでした。
若い頃は兵隊さんに行った世代で、復員してからは警察官に。
甲種合格したほど、身体が丈夫な人で、
年にあわない皺の少なさに葬儀社の方も驚いていましたよ。
小さい頃はよく畑に連れて行ってもらったものですが、
晩年は少しづつ身体も弱ってきて、
4、5年ぐらい前から介護が必要でした。
特に脳梗塞で半身が麻痺してから。
施設にお世話になり、他の入居者の方々の様子も見ていると、
生きるということ、老いと死について考えさせられました。
他にも周囲を取り巻くいろいろなことについても。
これは少なからず、私の人生観に取り込んでいくと思います。
お祖父さん、おやすみなさい。ありがとうございました。
あの後、私のお祖父さんが亡くなったからです。
これで私は父方、母方、どちらもお祖父さんお祖母さん
と呼べる人を亡くしてしまいました。
享年は97歳。明治生まれで、それはそれは長生きでした。
若い頃は兵隊さんに行った世代で、復員してからは警察官に。
甲種合格したほど、身体が丈夫な人で、
年にあわない皺の少なさに葬儀社の方も驚いていましたよ。
小さい頃はよく畑に連れて行ってもらったものですが、
晩年は少しづつ身体も弱ってきて、
4、5年ぐらい前から介護が必要でした。
特に脳梗塞で半身が麻痺してから。
施設にお世話になり、他の入居者の方々の様子も見ていると、
生きるということ、老いと死について考えさせられました。
他にも周囲を取り巻くいろいろなことについても。
これは少なからず、私の人生観に取り込んでいくと思います。
お祖父さん、おやすみなさい。ありがとうございました。
それぞれの意志 ― 2008年07月23日 01時42分50秒
お祖父さんの初七日も終わり、ようやく落ち着きを取り戻してきました。
成人してからの祖父母の葬式は始めてなので、
納棺や出棺、火葬の儀の一つ一つが深く刻まれます。
今日は仕事に復帰した後の最初の休日。
ブログはいつものように戻ります。
先日話を出しておいた「4ヶ月、3週と2日」のお話。
本作は2007年のカンヌ映画祭でパルムドールを受賞。
<物語>
舞台は1987年のルーマニア。
大学生のオティリアとガビツァは旅支度を整え、
学生寮から街のホテルへと出発する。
しかし、楽しい旅ではなかった。
これはガビツァが中絶手術を受けるための旅。
しかも、依頼した手術医は違法の闇医者なのである。
劇中では細かい説明が殆んど無いため、
作品の理解のためには当時のルーマニア社会の資料が必要です。
パンフによると、「1987年のチャウシェスク独裁政権の末期、
ルーマニアでは労働人口を増やすために中絶を禁止。
45歳未満の女性は子供を4人産むまで中絶をしてはいけないとし、
14、15歳の中学生にも出産が奨励された。」とあります。
しかし、食糧事情は悪化している状態であったため、
孤児や捨て子が増加したということです。
秘密警察による国民の監視・盗聴が行われていた中で、
大学生の少女が中絶の選択に踏み切るのは容易なことではなく、
また実行に移すには最新の注意を払わねばなりません。
ところが、このガビツァという少女は事態の渦中にあるにも関わらず、
事の重大さを理解していないと見え、苛々させられます。
そもそもの事の始まりも深く考えていなかったのではないか、
そう思う頃、あまりの認識不足に闇医者が激怒します。
そのため、初手から手配を取り闇医者との交渉を務める
オティリアの存在が光っていきます。
彼女は普通の女の子ですが、折れそうになる心を友人のために
土俵際で必死に踏ん張っている(女性に適切な例えかは疑問ですが)
その様子がひしひしと伝わってきます。
特になんとか成功した手術の後、
胎児の遺体を隠しに夜の街を行くその時の必死の歩み。
どんどん歩く背中をカメラは追う。
どこで秘密警察に捕まるか、あるいは密告者に知らされるか
分からない不安と緊張感の中で、懸命に歩こうとする意志。
「JUNO」のジュノも自分の信じた道へ向かうように、
胸を張って大手を振って歩く様子が強く印象に残ります。
そして本作のオティリアも、こちらは自分が妊娠したのではないにせよ、
やはり自分の信じた道、友人のために歩き回ります。
選択する方向は全く違えども、
二人の歩みは共に強く、表情の奥に眩しい輝きがあります。
どちらが正しいとも言い切れない微妙な問題ですが、
それぞれの社会によって選択を与えられるのだと思います。
それを選び抜くのは彼女達の意志。
ルーマニアの少女も制度や福祉が整備されていればあるいは、
しかし、選択肢の多いアメリカで最善を探せるのか。
それぞれの監督たちは中絶や10代の出産そのものは、
中心的テーマでは無いと語りますが、
妊娠に対し全く逆の道を行くヒロインが現れ、
そして場所と時代を異にしてそれぞれの社会に照らして考え
またどちらも心揺り動かされる衝撃を与えてくれる、
そんな作品が時を近くして現れたからには
考えないわけにはいかないでしょう。
成人してからの祖父母の葬式は始めてなので、
納棺や出棺、火葬の儀の一つ一つが深く刻まれます。
今日は仕事に復帰した後の最初の休日。
ブログはいつものように戻ります。
先日話を出しておいた「4ヶ月、3週と2日」のお話。
本作は2007年のカンヌ映画祭でパルムドールを受賞。
<物語>
舞台は1987年のルーマニア。
大学生のオティリアとガビツァは旅支度を整え、
学生寮から街のホテルへと出発する。
しかし、楽しい旅ではなかった。
これはガビツァが中絶手術を受けるための旅。
しかも、依頼した手術医は違法の闇医者なのである。
劇中では細かい説明が殆んど無いため、
作品の理解のためには当時のルーマニア社会の資料が必要です。
パンフによると、「1987年のチャウシェスク独裁政権の末期、
ルーマニアでは労働人口を増やすために中絶を禁止。
45歳未満の女性は子供を4人産むまで中絶をしてはいけないとし、
14、15歳の中学生にも出産が奨励された。」とあります。
しかし、食糧事情は悪化している状態であったため、
孤児や捨て子が増加したということです。
秘密警察による国民の監視・盗聴が行われていた中で、
大学生の少女が中絶の選択に踏み切るのは容易なことではなく、
また実行に移すには最新の注意を払わねばなりません。
ところが、このガビツァという少女は事態の渦中にあるにも関わらず、
事の重大さを理解していないと見え、苛々させられます。
そもそもの事の始まりも深く考えていなかったのではないか、
そう思う頃、あまりの認識不足に闇医者が激怒します。
そのため、初手から手配を取り闇医者との交渉を務める
オティリアの存在が光っていきます。
彼女は普通の女の子ですが、折れそうになる心を友人のために
土俵際で必死に踏ん張っている(女性に適切な例えかは疑問ですが)
その様子がひしひしと伝わってきます。
特になんとか成功した手術の後、
胎児の遺体を隠しに夜の街を行くその時の必死の歩み。
どんどん歩く背中をカメラは追う。
どこで秘密警察に捕まるか、あるいは密告者に知らされるか
分からない不安と緊張感の中で、懸命に歩こうとする意志。
「JUNO」のジュノも自分の信じた道へ向かうように、
胸を張って大手を振って歩く様子が強く印象に残ります。
そして本作のオティリアも、こちらは自分が妊娠したのではないにせよ、
やはり自分の信じた道、友人のために歩き回ります。
選択する方向は全く違えども、
二人の歩みは共に強く、表情の奥に眩しい輝きがあります。
どちらが正しいとも言い切れない微妙な問題ですが、
それぞれの社会によって選択を与えられるのだと思います。
それを選び抜くのは彼女達の意志。
ルーマニアの少女も制度や福祉が整備されていればあるいは、
しかし、選択肢の多いアメリカで最善を探せるのか。
それぞれの監督たちは中絶や10代の出産そのものは、
中心的テーマでは無いと語りますが、
妊娠に対し全く逆の道を行くヒロインが現れ、
そして場所と時代を異にしてそれぞれの社会に照らして考え
またどちらも心揺り動かされる衝撃を与えてくれる、
そんな作品が時を近くして現れたからには
考えないわけにはいかないでしょう。

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