知らない人にしか見えないもの ~ はりまや橋2009年06月26日 23時20分53秒

ダニー・グローヴァーが製作総指揮に加わった
日本の高知県を舞台にした作品
はりまや橋」についてのこと。


ダニー・グローヴァーと言えば私の世代はなんと言っても
リーサル・ウェポン」の メル・ギブソン演じるリッグスの相棒、
ベテラン刑事のマータフが印象深いものです。
最近では年齢と共に脇で幅広い演技で魅せてくれます。

さて、今回の主演はダニーと親交が深いというベン・ギロリであり、
ダニーは彼の兄役で僅かな時間だけ出演という謙虚さ。


ベン・ギロリが演じる黒人・ダニエルは、最愛の息子を亡くします。
息子のミッキーは数ヶ月前に日本の高知県へ英語教師として赴任。
その地で突然、交通事故で命を落とします。

息子の遺品を整理していたところ、
彼と若い日本人女性が仲よさそうに写っている写真を発見し、
ダニエルは彼女の正体を確かめ、絵画の才能があったミッキーが
高知の日本人たちに譲った絵を取り戻すため、日本へ向かいます。

しかし、息子の同僚達に道案内をしてもらうことになっても、
ダニエルの態度はぎこちない。
その原因は、ダニエルの父が第二次世界大戦中、
日本兵に殺された恨みを未だに克服できないでいることでした。
だから、彼はミッキーが日本へ向かうことに反対し、
失望し憤慨したまま、その地で失ってしまったことに、
言い表せない想いを抱いているのです。


ダニエルの心の鉄の扉は、高知で出会う日本人達によって
少しずつ開かれていきます。
それを開いていくのが、同世代(戦争関わった人の子供)ではなく、
父と同世代(戦争に直接関わった人)でもなく、
戦争を知らない世代の若い日本人達です。

最初に彼の心を開くのは教育委員会の中山サイタ。
20歳ぐらいの彼女は人見知りしない天真爛漫の明るさで、
ぎこちないダニエルにもぐいぐい押していきます。
ついにダニエルを自分の好きな歌に引き込むことに成功。
中山を演じるmisono(倖田來未の妹)が抜群に良い!


そして、ミッキーが一番可愛がっていた知的障害を持つ少女エミ。
彼女を初め、学校の風景を知ることでミッキーが
想像以上に日本の子供達を愛していたことを知ります。

最後に、ミッキーと写真に写っていた女性・紀子。
彼女とミッキーは愛を誓い、密かに2人だけで結婚式を挙げます。
しかし、黒人との結婚に家族を初め周囲の理解を得られず、
ミッキーの事故の後、職場の学校を退職。
実家を離れて暮らし、ミッキーの子供を授かっていたのでした。

その孫娘のマリヤを初めて観た時のダニエルの、
この世で最も愛すべき存在を見つけたような、
柔和な微笑みがなんとも言えず愛らしい。
やはり、人間たるもの、幼子と触れ合うときは、
自然にこうあらねばなりません。


ダニエルは本来、愛情に溢れた人でありました。
自分の下を去り行く息子へ送る手紙の告白。
息子の将来を案じ、全てを犠牲に捧げた人生。
「愛する者に関係することならば話は別だ」
と、最愛の者のためなら全てを覆す
決意が胸に突き刺さります。
深い愛情故に日本を憎み、嘆き悲しむ。

日本の若者達と、自分の血の繋がった孫との出会いにより、
徐々に愛情を持っていた頃の自分を取り戻していくダニエル。
やがて、彼はマリヤのために日本に残ることを決意します。
写真家である彼はカメラを購入し、日本の風景を写真に収めることに。
それは、息子も同じく日本の風景を絵画に残したように。
息子の見た日本を、自分も観てみようというように。


事実を経験したものだけが知る痛みと悲しみ、愛があります。
しかし、同時に事実を経験していないものだけが
無垢な心で知ることのできる温もりと安らぎ、愛があります。
これは若い世代が上の世代に学ぶ物語ではなく、
上の世代が若い世代に教えられる物語。
忘れてはならない記憶は確かに伝えなければなりません。
しかし、それに呪われるように未来に眼を瞑ってもいけません。

監督のアロン・ウルフォークも高知に外国語指導助手として
文部省より派遣された経験があるとのことで、
ミッキーに自身の体験をある程度投影しているのかもしれません。
作品としては凡庸な部分もありますが、捨てがたい作品です。
最近、「グラン・トリノ」「レスラー」といい、
主人公の幼少期や回想をほとんど使用せずに
その人格を描き出すのが上手い映画が目に付きます。


50年以上の呪縛から解放されたダニエルが、
紀子とマリヤとともに、はりまや橋から歩き始める背中は、
それぞれの世代が一つになって生きていく姿です。
そして周囲の皆に支えられ、これから待っているであろう困難も差別も、
最愛の人のために乗り越えていけると信じたい。
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