辛さを受け止めた"最強"の明るさ ~重力ピエロ2009年06月17日 23時17分34秒

今朝は目覚めの悪い夢を見ました。
昔、悪夢しか観られなくなり
眠るのが怖くなるホラーもありましたが、
現実に悪夢が起こるよりも夢の方がやはりマシです。


伊坂幸太郎原作の映画「重力ピエロ」は
現実の闇を越え強く結びつく人間の物語だと思います。

去年の春頃、私の職場の近くでもロケをしているのを目撃した、
仙台を中心に宮城県内でロケをした御当地作品。

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「春が、2階から落ちてきた」

この印象的なファンタジックなモノローグが作品のスタート。
原作を読んでいなかった私は予告編でこの場面を見たとき、
2階よりも高い高さの桜の木から花びらがひらり舞い落ちる画を観て、
なんとも詩的な雰囲気の作品だなあ、と感じていたら、
実際のシーンでは、主人公・泉水の弟の"春"が飛び降りてきます。
しかしその跳躍が実に"ふわり"と花びらが落ちるように柔らかい。

柔らかいかと思った束の間、この弟は兄に向かい、
金属バットを持ってこれから殴りこみに行くと言う。
可愛さを鼻にかける女子を懲らしめようと男子が集まっている、
その場に殴りこもうというのだ。
と、言っても女子を助けるナイトになる気はさらさら無く、
いけすかない女子にさえ、鳩尾に一撃をかまして弟は去って行く。
兄は弟の奔放さと跳躍に翻弄されるばかり。

このあたりは、伊坂幸太郎の映像化の傑作、
「アヒルと鴨のコインロッカー」における、
「一緒に本屋を襲わないか?」と瑛太がケロッと言い放ち、
「はへっ?」と濱田岳が間の抜けた声を発する関係に似ています。

伊坂幸太郎の映像化作品群には大なり小なり、
襲撃が頻出するように見受けれます。
それもこちらの思考が一瞬に停止するようなものがあります。
その思考が停止しているうち、こちらはたちまち作品に引き込まれる。

引き込まれるうちに、仙台の街を騒がせる連続放火事件が起こり、
弟は壁の落書きを消す仕事の傍ら、放火事件と落書きを結びつけ、
兄はDNA配列との符合を持ち出し、こちらを事件に引き込む。


しかし、この作品が心に響くのは、さらにその奥にある、
24年前に街で起きた婦女暴行事件と
この兄弟・家族が大きく関わっているドラマにあり、
心に残る言葉の数々にあります。

泉水と春の母親は24年前、その事件の被害者となり、
春はそのとき生まれた子供であることが明らかになります。
母は事件の数年後、この世を去り、
父と兄弟の3人で山の小屋で養蜂をやって暮らしています。

泉水と春が、街に戻ってきた暴行事件の犯人と対決する、
私的制裁はドラマのクライマックスであるものの、
本当の見せ場はそこまでに織り交ぜられる強い家族の絆です。

周囲の奇異の目に耐えながら春を自分の息子として育ててきた父、
かつての事件を追う中で春の出生を確信した兄、
そして薄々ながら自分の父親の正体に気づいていた弟。


「お前(春)は俺(父)に似て、嘘が下手だ。」
「俺たちは、最強の家族だ。」
「神様に聞いたらすぐに返事があった。
"バカヤロー、自分で考えろ!"って」


辛いこと、泣きたいことを越えてきて、春を見守り、
20年以上、嘘をつき続けてきた父が放つ真実の言葉が、
ひとつひとつ心に痛いほどに響いてきます。
これを演じるのが小日向文世、加瀬亮、どちらもタフではない、
折れそうになる心を支えながら、歯を食いしばり立っている。
自分のためではなく、相手のためだからこそ耐えられる痛み。
彼らが一見、タフではないからこそ、我々もこうなれるはずと思う。

この家族は、相手の辛さを自分の痛みのように感じることができ、
自分のことよりも相手の幸せを願うことのできる人間なのです。
それは本来、人としては極めて当たり前のことです。
(なんだか、ドラえもんの「のび太の結婚前夜」みたい。)
さらに強さを示す言葉があります。


「本当に深刻なことは、陽気に伝えるべきなんだよ」


それは、明るさのオブラートに包むという意味ではありません。
辛い苦しみを真正面からがっしりと受け止め、
それに対して真正面から向き合いできることを行うこと、
涙は考えるその時に流し、前に進む時には笑顔で進む。
強さに裏打ちされた、"負けてたまるか"とも言える
"最強"の明るさです。


「光も闇もなければ、人間は前に進めない」


とは監督が寄せたコメントですが、
闇というのは人生における乗り越えなければならぬ試練であり、
前に進むというのはそれを越えて人間として強く成長していくこと、
光はそれらを経て得られる未来と幸せの実感、だと思います。

泣きたいこと、無ければよかったと感じることは沢山あるけれど、
そこから逃げずに正面から向き合えば、
きっと、前よりも明るい未来と強い信頼が生まれる。
私はそう信じます。

最後に、今は無き、兄弟の母が家族で訪れた
サーカスの空中ブランコでピエロが落ちそうになる場面で、
心配する幼い子供達に優しく語りかける言葉を。


「ほら、あんなに笑顔なんだもの。落ちてもきっと大丈夫!」


人生には上手くいかないこともある、
でも、それをきちんと受け止めきり、笑顔で笑いあえば、
春はまた、ひらりと舞い降りてきて、
きっと前に進んでいけるはずなのだから。


いろいろあるけれど、受け止めた言葉を胸に
私も強く生きていきます。
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