「TAROの塔」 岡本太郎の言葉2011年05月18日 23時38分57秒

先ごろNHKにて放送されていた、岡本太郎生誕100年記念ドラマ
「TAROの塔」(全4話)を見終わりました。

このドラマは震災の影響によって地上波放送が遅れており、
危ないところで録画し忘れるところでありました。
録画はしたもののそんな呑気なことをやるのは自分の"業"だと思い、
つい最近までレコーダーの中に眠ったままでした。

岡本太郎が1970年の大阪万博の「太陽の塔」の建設に至る経緯を軸に、
太郎の両親、岡本一平と岡本かの子の出会いから、戦時中の経験、
生涯のパートナー・岡本敏子との出会いを絡めていき、
後半は特に敏子さんの視点から見た太郎像の様を呈していきます。

歴史上の(岡本太郎をそう呼ぶには早いかもしれないけれども)偉人を描くとき、
製作者側の解釈によって、様々な像が作り上げられ、
客観的に見つめようとも崇拝的に見つめようともいずれにしても、
実像とは微妙に異なるものになることは逃れられないと思います。

ただ、同時期に放送された日曜美術館の岡本太郎特集でも述べられた様に、
岡本太郎自身は自分を理解されることを嫌っていたことで知られており、
理解されてしまったら次はもっと理解できないものを、
と闘志を燃やしていたと言われています。

その考えに敬意を表したのかは分かりませんが、
ドラマは敏子さんとかの子さんの視点から太郎を見つめつつも、
太郎自身の解釈には深入りはせず、実際の発言は実際の発言のままに、
あれはこういうことではないのかという解説めいたものは極力排除して、
あくまで太郎の経験と事実を重ねて母とパートナーが物語を、
進めていく(導くことはない)様な印象を受けました。

おそらく、それで良いのではないかと思うし、
下手に結論付けたら天国から太郎が激怒する様に思う。
太郎の言葉は僕らに太郎の言葉のまま届くべきものであり、
妙なフィルターを通じて届けられる様なものではないはず。

僕が岡本太郎に出会ったのはいつの頃かはっきりしません。
たぶん、芸術は爆発だ!の頃だと思う。この頃、3歳ぐらい。
あとは、小学校の教科書で「森の掟」や「傷ましき腕」が掲載されていました。

もっとも僕は、ウルトラマンタロウ=岡本太郎がモチーフだと思っていますが、
それならば、ほぼ生まれたときからの付き合いに他なりません。
(「太陽の塔」の様な角を持ち、必殺技の一つは"ウルトラダイナマイト"=爆発。)

以降、自分のなかで再燃し始めたのは地元での岡本太郎の展覧会以降、
2006年の「明日の神話」の一般公開にも観に行き、
青山の記念館と川崎の美術館にも一度行ったのでした。
(今回の生誕100年記念展も行く予定ではあったのですが。
もちろん、それどころではなかったわけです。)

太郎の「言葉」や考え方に惹かれるようになったのはその頃からです。
先日、「明日の神話」の隅に書き加えられた原発を思わせる絵があり、
100年記念の岡本太郎への注目は再び集まっていますが、
今年この年に来たのは何か因縁めいたものを感じます。

太郎の言葉は芸術に対するものに聞こえて、人生の哲学だと思います。
だから広く多くの人を突き動かすのではないでしょうか。
あるいは、芸術は元々、生活や人生と密接不可分なのかもしれません。

その言葉は力強くマグマが滾り、心の奥底から熱い衝動を引き出す。
共感とかいうことではなく、昔、太陽の塔に登って占拠した人が語った、
「アジられる」ということが適切なのかもしれません。

"逃げない、はればれと立向かう"それが私のモットーである。
全ての災いに対する太郎の言葉です。
軽くは言えないけれども、太郎の言葉を今一度、かみしめていくのはどうでしょうか。
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