悪夢からの脱出 「カシム・ザ・ドリーム ~チャンピオンになった少年兵~」2010年12月29日 23時40分20秒

「カシム・ザ・ドリーム ~チャンピオンになった少年兵~」
についてのこと。

■「松嶋×町山 未公開映画祭」作品紹介
 http://www.mikoukai.net/008_kassim_the_dream.html
原題:Kassim The Dream
2009年 アメリカ (87分)
監督:キーフ・デヴィッドソン

<カシム・オウマ>
ウガンダ出身
2004年10月2日~2005年7月14日まで
ジュニアミドル級17代 世界チャンピオン・ボクサー
防衛回数1回
(Wikipedia調べ)

アメリカでボクサーとして栄光を勝ち取ったカシム・オウマには、
出身国ウガンダで国民抵抗軍の少年兵として戦った過去があった。
彼は正規の手段でその過去から脱出したのではなく、
1998年に米国ビザを取得し、ボクサーとしてアメリカに渡った後、
帰国をしなかったため、政府からは脱走兵という扱いになっている。
故に帰国すれば裏切り者として死刑になってしまう。
チャンピオンとなり名声を得たカシムは、故郷ウガンダに残る家族に会うため、
不安に怯えながらも本国への帰還を試みる決意をする。


リングの上で観客の歓声に包まれた彼はの姿は輝いています。
練習する姿も凛々しく、時には無邪気な少年の微笑みを見せる。
しかし悪夢にうなされ、マリファナで気を紛らわせるしかないこともある。

カシムは6歳の時に少年兵にするためにさらわれたということです。
少年兵とするのは日本での小学校程度の年齢で、
戦意高揚教育をするというレベルの生易しいものではありません。
その子供達に人間の殺し方を教え込むというのだから悪魔以外の何者でもない。
戦っている双方がそのような方法をとっているらしい。

実際に子供達に武器の扱い方を教えている映像も挿入されます。
人間の人格の形成期に教育することで、子供達の中には
戦いに疑いも苦悩も持たない洗脳状態になることもあると思います。
そう言った子供達が今度は指導者になり、兵を率い、
中には自分の上の年齢の兵士に命令したり制裁を加えることもあるらしい。
カシム自身も教育係になり、大人になるまで罪の意識はなかったという。

しかし、カシムはアメリカに行く機会に脱出を図れると思いました。
それはごくまともな感覚が残っていたことだと言えます。
恐怖と武力で抑え付ける教育は、人間の根本まで変えることはできない。

アメリカで姿を消した後、カシムの父親は殺されてしまいました。
幸いと呼べるかはわかりませんが、他の家族は生き残ることができました。
一家が全て殺されるかもしれないという不安も当然あったと思います。

その不安と、多くの人の命を奪った苦悩に苛まれながら、
ボクサーの道を進むしかない、強く強くなるしかない彼の背負う物は重い。
各々のボクサーが様々な重荷を背負いそれを糧に戦っているはずですが、
いかに貧困層の出であろうとも、やはりカシムの過去は壮絶です。

紛争を繰り返すウガンダの歴史も政情も複雑なので、
カシムを取り巻く状況も簡単に整理することは困難です。
彼が所属していた国民抵抗軍は反政府側組織でしたが、
現在では旧政府を打倒した後、国民抵抗軍は正規軍となり、
新たなゲリラ組織・神の抵抗軍と紛争状態に陥っているというのが変遷のようです。

故に彼はウガンダ政府と交渉して大統領の恩赦を受けようとします。
彼は血の滲む想いでチャンピオンにのし上る必要があったはず。
世界に名を馳せる功績をあげ、それが国の名誉になることを証明できなければ、
無事にウガンダへ帰国することはできなかったでしょう。
がむしゃらにでも積重ねて、自分のことを知らない相手に結果を示す。
それは人間を相手にすることにおいては、非常に重要なことです。

幸運にもカシムはウガンダの土を踏む念願の思いを叶える。
しかし、いよいよ家族に会えるという幸福な期待を胸に進む一方で、
そこで目にする祖国の風景は決して豊かなものではありませんでした。

未だに軍の支配は揺るぎなく、緊張した空気が街中にも漂っています。
ベンチに休んで彼を見守る兵士達の全てが歓迎しているとは思えない。
何日も滞在しろと言われたらどうすると不安を抱えるのも無理はありません。

彼は改めて自分のアメリカでの生活がどれほどに裕福なものであるかに気づく。
子供達に沢山の商品の中から好きな様に服を買い与えることができる。
だが、故郷に残された家族は電気の無い生活をしていると泣き崩れる。
初めて訪れる亡父の墓前で噴き上がる彼の悲しみは深く、
我々が容易に想像することはできません。

そこには、己の強さを誇示するチャンピオンの姿も、
人間性を失いかけ殺人兵器になりかけた兵士の姿もなく、
悲劇に狂わされたひとりの人間の姿があります。

カシムは少年期から兵士になり、脱出後はボクサー一筋だったため、
一般教育を受けておらず、マナーの様なものに対しても疎い様に見えます。
年齢は28歳でも中身は幼い少年のままという印象を受ける言動もあり、
それが微笑ましいときもあり、ときには微妙に危うい歪みを感じさせます。

念願が叶った後のカシムはチャンピオンを交代してしまい、
マリファナに手を出し、試合ができない年もあったということです。
彼が戦う相手、乗り越えなければならないものはまだ数多くあります。
僕らが考えるよりも遥かに辛く厳しい戦いですが、打克てることを祈ります。
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