飛べ早く強く高く 「ステロイド合衆国 ~スポーツ大国の副作用~」2010年12月26日 23時13分59秒

ステロイドによる筋肉増強の歴史からアメリカを追ったドキュメンタリー、
「ステロイド合衆国 ~スポーツ大国の副作用~」についてのこと。

■「松嶋×町山 未公開映画祭」作品紹介ページ
 http://www.mikoukai.net/005_bigger_stronger_faster.html
原題:Bigger,Stronger,Faster
2008年 アメリカ (105分)
監督: クリス・ベル

僕が現在、自分の病気の治療に使用しているのもステロイドが主体ですが、
そちらのステロイドは副腎皮質ホルモンなどのステロイドで、
こちらの映画に登場する様な筋肉増強剤としてのステロイドは、
アナボリックステロイドという異なる質のものなのだそうです。
(この映画ではその詳細な区別はされていません。)

この映画を撮ったクリス・ベルは三兄弟の真ん中で、
長男・マイク(デブ)、次男・クリス(チビ)、三男・マーク(バカ)と、
幼い頃から()内の様な三バカ兄弟として暗く不遇の時代を生きたそうです。
そんな彼らに訪れたヒーロー・レスラー、ハルク・ホーガン。
彼に憧れた三兄弟は揃って筋肉トレーニングに励む。
さらにシュワルツネッガー、スタローンらのマッチョヒーロー人気が後押し。
筋肉をつけてビッグになってやるーっ!!

しかし、ハリウッドスターもレスラーもメジャーリーガーもオリンピック選手も、
揃いも揃ってステロイドの使用が発覚し、それが問題視され非難される様になる。
僕らを魅せたあの勇姿は、アメリカの象徴は幻想だったのだろうか・・・。

だがステロイドは使用せずに鍛え上げ、他を蹴散らしてきた兄弟も、
いつの間にかステロイドを常用するようになっていた。
クリスは兄弟の中で一人、ステロイドから距離を置いていた。
一体、ステロイドとはなにものなのだろうかと彼は問うて行く。

オリンピックの後にステロイド使用がバレて金メダルを剥奪される、
などというニュースが大々的に取り上げられるおかげで、
ステロイドの使用は悪・不正・卑怯という認識が一般的な日本。
それに対してアメリカはやはり事情が違う様です。

ステロイド使用の是非は、正当・卑怯という倫理的観点と、
健康に影響なし・多大な副作用有りという医療的観点で進行します。

筋肉増強剤のステロイドは主に注射で、鍛えたい箇所にダイレクトに注入する。
しかし後々、不自然に膨れ上がった異様なシルエットができあがることがある。
ショッキングな外見となるということがまず僕らのイメージではないか。
多くの場合、僕らはそれを哀れみを籠めた視線で見つめている。
さらに、脳卒中や心臓の疾患、生殖機能低下、精神作用など、
憶測を含めて懸念すべき副作用をもたらすとも言われる。

この点について、映画は医療面の専門家とデータから、
ステロイドが原因とみられる副作用は、麻薬を含めた他の薬と比較しても、
極端に低いことや病気の治療に役立っていることをあげていく。
(急患の要因1位は酒、2位コカイン、3位マリファナ、142位ステロイド)

そうは言っても副作用が少量でも見られることは事実。
これは倫理観の点に影響してきますが、何にでも副作用はある、
ピーナッツやビタミン剤より影響が少ないものが何故危険だ?と指摘し、
気をつけて使えば大丈夫だよと主張します。

これはいわば、良いか悪いかグレーゾーンだけれども
それによって良かったと思う人が沢山いるのだから良しとする、
権威から問題ないという意見があるのだからそれに従う、という、
多数者の幸福を優先し少数の危険に目を瞑る様な考えを少なからず持ち、
悪く言えば都合良く見ていると思われます。
それは論理と倫理の境界線のぼやけていくところです。

クリス・ベルがステロイドの使用に懐疑的なのは倫理の面です。
使用者を含めたステロイド支持者は主張します。
例え使用したとしてもそれだけで成功したわけじゃない。
血の滲む様な鍛錬を重ねていたからこそだと。
(現在のベン・ジョンソン、カール・ルイスも登場!)
確かにその主張は真実を突いていると言えるかもしれません。
しかしそれらは倫理的に良しとされるか否かは別として、
免罪符を用意し、周囲よりも自分自身に言い聞かせているのではないか。

原題の直訳が「より大きく・より強く・より早く」と取れる様に、
さらにさらに高みを目指す人間の欲望の根源に触れるものの様に思える。
ステロイド使用を強靭な肉体を作り上げるには不可欠だと、
それは多分に男性的な世界だと思います。
では「グッド・ヘアー ~アフロはどこへ消えた?~」に観られる様な、
美しい髪を求めてウィッグに時間と大金をつぎ込み、
黒人としての誇りを捨てたとも思われている女性たち。
「より~になりたい」という精神には共通するものが無いだろうか。

映画では少し触れますが、学生の勉強能率を上げるための薬、
演奏家の精神を落ち着かせるための薬などなど、
アメリカにおける薬物依存の現状も垣間見えてきます。
個人の努力と鍛錬の上に、なお、薬の後押しが必要なのか。

いや、薬の使用を前提に考えた結果、精神面の脆弱さが現れている。
それは尚もWWEの夢を捨てきれない夢想癖の兄・マイク、
パワーリフティングのためにステロイドを絶てない弟のマークの、
彼らの意志の弱さに語られています。

もし、彼ら兄弟が確固たる信念に根ざしていれば輝いても見えましょう。
彼らは自分の欲望が間違っているのではないかと不安にも駆られ、
そして不安を解消するために薬を摂取しなければならないスパイラルになる。

欲望は力の源ですが、コントロールできなければ自分を滅ぼしていく。
シュワルツネッガー達が輝いて見えるのは、その違いだと思う。
他者よりも先に進みたいと言う競争本能の欲望に根ざす問題である限り、
多くの支持・不支持ともにその狭間で揺れ動き続ける。

監督自身も、自分の兄弟、憧れのヒーローが絡んでいるだけに、
ステロイド絶対反対というようには決めかねている。
(シュワルツネッガーへの突撃取材を試み、彼と握手した後に、
後日のカリフォルニア州知事再選投票で票を入れるか迷う姿が微笑ましい。)
せめて、薬第一主義からは抜け出そうと呼びかけてるのかもしれない。

この言葉は彼らアメリカに向けられてはいかがだろうか。
「1番じゃなきゃいけないんですか?2番じゃだめなんですか?」
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